「…はぁ」
昨日はえらいものを見てしまった。
あの黒い服の女性はあの後、ひとつ瞬きをしたら消えてしまっていたのだ。
教室を隈なく捜してみたのだが、やはり見つからなかった。
「……あれが、噂に聞く『黒衣の少女』か…?」
この辺りでよく聞く、いわゆる都市伝説というやつだ。
…馬鹿馬鹿しいと、今までは切り捨てていた類のもの。
まさか自分がそれに遭遇してしまうとは思わなかった。
「『黒衣の少女』がなんだって?」
「ん? だから、見たんだよ」
「何を?」
「だから、『黒衣の少女』を……って、うわっ!」
「あはは、おはよー桐さん」
「哉井…いつの間に降って湧いた?」
俺は目の前の、ちょっとチャラい男子生徒に言った。
因みに、チャラいとは言っても、髪を染めているわけでもピアスをしているわけでもない。内面がチャラいのだ。
「降って湧くだなんて、酷い言い方だなぁ。俺たち親友だろ?」
「悪友だ」
「ひでー」
けらけらと笑う哉井。
目つきが悪く仏頂面なため、よく「冗談なのか本気なのかわからない」と言われた俺なのだが、長い付き合いをしてるだけあって、軽く流してくれる。
「んで、さっきの話だけど」
「まだ引っ張るのか、その話」
「当然」
にやりと笑う哉井に、俺はため息をついた。
「諦めなぁ、桐さん。俺はそういう男だぜ☆」
「知ってるよ…」
星をつけずとも。
因みに、この「桐さん」というのは俺のあだ名である。哉井曰く、名字の「
「で、どうだった?」
「何が」
「だぁかぁらぁ、その『黒衣の少女』だって!」
「どうって……」
「かわいかったかって聞いてんの!」
「……さあ」
「『さあ』って……! お前なあ…」
呆れた、という顔をする哉井。
「違う。かわいいと思う暇すらなかっただ」
「まさかそんなに絶世の美女だったのかよ! あまりに美しすぎて俺には言いたくな」
「人の話を聞け」
放っておくとずっとこの調子なので、無理矢理止める。
「だから、気味の悪さの方が勝ってて、それどころじゃなかったんだ」
「ふーん……」
半信半疑の反応をする哉井に、一枚の紙を見せる。
「なんだこれ」
「その少女が歌ってた歌の歌詞だ」
少女とは言っても、俺たちと同じくらいの年齢だったがな、と言いながら渡す。
昨日家に帰ってから、曖昧な記憶を頼りに書き付けた歌詞。
こんな気味の悪い歌でも、もしかしたら知っている奴がいるかもしれないと、持ってきたのだった。
歌詞の書かれた紙を見るなり、案の定哉井の顔は曇り、しかめられた。
「……おい、ほんとにこんな歌…いや、桐さんはこんな嘘つかねぇし…」
「知ってるか?」
「…いや、知らないな。初めて見る歌詞だ。……あ、桐さん、試しに歌ってみてよ。聴いたら思い出すかも!」
「えー…」
こいつは、俺が歌うのが苦手で、下手だと知っていてこう言うのだ。
まったく。
…まあ、半分くらいは事実なんだろうが。
「ほら、歌って歌って!」
「う……さ、さあー、まーずはー、何色のぉぅ…げほげほ」
…駄目だ。無理に高い声を出したのが間違いだった。
「だ、大丈夫かよ。そんな無理して歌わなくても…」
「お、お前が言ったんだろ…」
「だからってむせるまでやらなくても…」
違う。いけると思ったんだ。
「まーまー桐さん。お茶をどーぞ」
「……サンキュ」
お茶でようやく落ち着いた俺は、結局わかったのか、と訊く。
「いや、さっぱり」
「おい」
結局俺が恥をかいただけじゃないか…
「まーまー桐さん。お」
「茶はいらんっ!」