「きーりさん! 今日部活は?」
放課後になると、朝の不機嫌さはどこへ行ったのかと問いたくなるほど、哉井の機嫌はよくなっていた。
「テスト週間だから、活動はない」
どの学校もそうなのかもしれないが、少なくとも我が校ではテスト1週間前になると「テスト週間」、すなわち全部活動活動禁止令が出され、部活ばかりではなく勉強しろ、学生の本分は勉強だ、という期間になるのだ。
そして今がそのテスト週間な訳だ。
「あ、そっかー! まー桐さんもたまには休むべきだって! 部長さんとはいえ!」
「幽霊部員のお前に言われたくはない」
ぴしゃりと言うと、哉井は苦笑してみせた。
俺が所属する科学部には、哉井のような幽霊部員はいない。
だからこそ、不真面目すぎる哉井に腹が立つのだろう。
因みに古垣は弓道部、哉井はテニス部だ。
「ま、それは置いといて、部活ないなら一緒に帰ろーぜ」
「…やけに機嫌がいいな。何を企んでいる」
「企んでるだなんて人聞き悪いな。ただ俺はカラオケに行こうと…」
「誰と?」
「そりゃあ、桐さんと」
テスト週間中だぞ、と言っても無駄なのはわかっているので言わない。
言ったところで遊びまくるのがこいつだからだ。
「何が悲しくて男二人でカラオケに行かないといけない…」
「あとから仁紀さんも来るから、頼むって!」
古垣まで巻き込んだのか…
「たまには息抜きも必要だって! だから行こーよ桐さん!」
ここで断っても、子供のように駄々をこねて連れて行こうとするに違いない。
はぁ、とひとつため息をついて、言った。
「…仕方ない。わかったよ」
「ぅおっしゃー! さっすが桐さん!」
まさか、機嫌がよかったのは、これが原因じゃないだろうな…
帰り道、鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌な哉井が、何を歌うかと訊ねてきた。
「前回みたいにさ、演歌歌っちゃう?」
「あれはお前が勝手に入れたんだろうが」
「いやぁ、歌える桐さんも凄いと思うけど…」
祖父に連れられて、よく老人会の会員とカラオケに行ったからなのだろう。
何度も歌うので、大方覚えてしまっただけであって、決して俺自身が演歌好きな訳ではない。
「それは幼い頃に祖父と」
「あ、キーリがいる!」
「ほんとだ! キーリだ!」
公園の方からそんな声が聞こえてきた。
…この声は、あいつらに違いない。
「…哉井、行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと桐さん?」
後ろを見ている哉井を、半ば強引に走らせる。
走らされている本人はというと、訳がわからないといった様子で、頻りに後ろを気にしている。
…勿論俺も、あいつらから逃れられるとは微塵も思っていない。
あいつらの運動神経は桁外れで、並の高校生では敵わないほどなのだから。
だがしかし。
「「待ってよキーリ!」」
「桐さん、あの二人、桐さんに用が……」
「黙って走れ」
「「待ってってば!」」
走るスピードを徐々に上げていく。
「き、桐さん?」
哉井のことだ。あいつらに絡まれた俺を見て何と言うか、想像に難くない。
妙な目で見てくるに決まっている。
そんな風に思われるのだけは、御免だ。
しかし。
「つーかまーえたっ♪」
「…先回りとは、賢くなったな」
捕まるのは、やはりと言うか何と言うか、当然のことだった訳で。
「えへへ」
「私が考えたんだよー!」
問題は、どう哉井に説明するかだ。
「わかったわかった」
考えながら、二人の頭を撫でてやる。
そんな光景を、哉井が呆然と眺めていた。
「…桐さん、まさかそんな趣味が…」
「違う。断じて違う」
「いいんだ。俺は、桐さんがたとえロリコンでも、親友だぜ…!」
「だから誤解だと」
「わかった。桐さんでも、そういう趣味とかを見られたら、逃げたくもなるよな」
…………
こうなるから、嫌だったのだが。
意外にも、助け舟を出してくれたのは、俺を追ってきた二人だった。
「「キーリ、この人だあれ?」」
「あ、ああ…こいつは哉井だ。俺の……」
親友だ、と言おうとすると、哉井の視線を感じた。
…こいつは、本当に……
「一応、親友だ」
「一応ってなんだよ!」
びしっと突っ込まれる。
「まあ、そういうことだ。こいつに自己紹介してやってくれ」
「「はーい!」」
二人は横に並んで気をつけの姿勢をとり、左右対称になるように片手を挙げた。
「
「
挙げた手をくの字に曲げ、敬礼。
「「二人合わせて!」」
「まあ、いわゆる双子だ。ちょっと前に知り合って以来、懐かれてな」
「「台詞を途中で遮らない!」」
怒られた。
「ふーん…それで、どっちがお姉さん?」
「公です!」
「公ちゃん!」
綺麗にハモる。さすが双子、といったところか。
「そっかー、かわいいねぇ」
背が低い双子に目線を合わせて、哉井が頭を撫でようと手を伸ばす。
が。
「「!」」
敬礼の姿勢を解いて、さっと俺の後ろに隠れる双子。
「……え?」
そのままの姿勢で呆然となる哉井。
何が起きているのかわからない。
そんな表情だった。
まあ、無理もないのだろうが。
「…こいつは、哉井は俺の親友だ。警戒しなくていい」
慎重に、言葉を選ぶ。
「幼い頃からご近所さんでな。俺は、信用している」
「桐さん…」
俺の言葉に、双子は顔を見合わせ、哉井を見た。
警戒心の強い二人。
どうなるのかと、息を呑んで見守る。
双子は視線を交わすと、ひとつ頷いた。
「「よろしくねっ! 哉井さん!」」
声を揃え、笑った。
少しぎこちない笑顔ではあったが、安堵する。
ひとまず、大丈夫そうだ。
「それじゃあキーリ、またね!」
「またねー!」
手を振って双子は走り去った。
不思議そうにその後姿を見つめる哉井に、簡単な説明をしてやる。
「あいつらも、いろいろあったんだ。だから必要以上に警戒心が強いんだ。しかも、一度敵と見做すと徹底的に嫌うからな。少し…心配だったんだ。敵と見做されないか」
「…それじゃあ、俺は?」
「まあ、敵意はないとわかったんだろう。挨拶をしたということは」
保留なんだろうが、と付け加えておく。
まだ、安心はできない。
「そっか…」
「そのうちあいつらも慣れる」
「ありがと、桐さん」
何に対しての言葉だったのか、哉井は少し寂しそうにそう言った。
…なんにせよ、哉井が敵と見做されなくてよかった。
「…それで、どういう経緯があって仲良くなったのさ。中学生の女の子と」
にやりと笑って肘でつつく哉井。
…ロリコンだと言われるよりかは、よっぽどいいのだが。
「いろいろだ。そのうち話す」
そう言うと、仕方ないと言わんばかりに肩をすくめた。
「ま、そのうち教えてくれよ。親友」
……覚えていたのか、それ……
「さ、カラオケにレッツゴー!」
「わかったから、引っ張るな」