いつだって、そうだ。
「つーかさぁ、自分でもわかってるんじゃねえの?」
俺は、何故。
「お前、いらないんだよ」
人を傷つけることしか、言えないんだろう。
「…お、おい、
「っるせえな、いいだろ、事実なんだから」
友人の制止も聞かず、言い捨てた。
あそこまで言ってしまっては、引くに引けない。
俺が「いらない」と言った相手を見る。
さすがにいつものような平然とした表情ではないだろうと思ったら、違った。
顔色一つ変えずに、そもそも声が聞こえていないとでも言うように、頬杖をついていた。
なんだ、こいつは。
俺にあんなこと言われたのに、なんで平然としてられるんだよ。
「…てめえ、聴こえてんのかよっ!」
がんっ、という音が教室に響いた。
同時に、蹴られた机がひっくり返る。
教室の女子たちが離れたところから見ていた。
怖がってるのか喜んでいるのかわからない声で、自分のグループの友人たちと囁きあっている。
けれど、そんなことはどうだってよかった。
目の前で、何事もなかったかのような表情で座っているこいつ、
「おい、並原…てめえ、いい加減にしろよ」
「よ、詠斗…」
「お前は黙ってろ! おい何とか言えや!」
「
鋭い声。
それに驚きながら、呼ばれた俺は答える。
「な、なんだよ…」
「君はどうして、そこまで僕にこだわるんだ?」
「…は?」
いったい、何なんだ。
気持チガ悪イ
コイツハ、嫌ダ
もう一人の俺の声がする。
俺はその声を無視して、並原を見た。
あいつが俺の名前を呼んでから、並原はずっと俺を見ていた。
声と同じ、鋭い目で。
まるで何もかも見抜かれているかのようだった。
射抜くような眼差し。
俺は少しだけ、その目が怖かった。
もう一人の俺が、俺の意識を奪って叫ぶ。
「お前、気持ち悪いんだよ。人を見下したような目しやがって…」
吐き捨てるように言った言葉に、やはり並原は動じない。
「そんなの君の気のせいだろう。そこまで言われる筋合いはないね」
「お前がいるだけで、空気が淀むんだよ。ここにいたいんだったら、その陰気なオーラをどうにかしろって言ってんだよ」
自分のものとは思えない声。
ほんと、最低だ。俺…
そう思っているのにもかかわらず、口からは正反対の言葉が飛び出す。
「ほら、どうしたんだよ。出てくかどうにかするか、選ばせてやるって言ってるんだよ!」
語気を荒げて言った後、しまった、と思う。
違う。俺は、こんなこと言いたいわけじゃない…
「黙ってんじゃ…ねえよっ!」
並原の顔を思いっきり殴った。
とうとう体までコントロールできなくなってきた。
殴られた衝撃で、並原は椅子から落ちた。
相当のものだったはずなのに、痛そうな顔もしない。
ナンダ、コイツハ
ドウシテオレヲ、コンナ目デ見ルンダ…!
「この野郎…っ!」
「詠斗!」
制止など、聞こえはしない。
並原を、何度も何度も蹴り続ける。
「さっさと選べよ、愚図がっ!」
「や、やめろって! これ以上は…」
「放せっ!」
友人に羽交い絞めにされながらも、蹴ろうとする俺に、並原は静かに言った。
「君は、僕が気に入らないんだろう?」
「そうだよ、お前なんか、消えちまえよ!」
そう罵声を浴びせると、並原は俺の後ろの友人に、
「放していい。好きなだけ殴らせれば」
と言った。友人は少し迷ってから、手を放した。
すると並原は、立ち上がりながらこう言った。
「まあ、殴れるものなら、の話だけどな」
「…なんだと、この…」
すっ、と喉元に手刀を突きつけた。
俺が、ではない。並原が。
「遅いよ。君」
然して興味もない、そんな表情で、並原は言った。
「放課後、残ってもらおうか。海津君」
睨むような目つきでこちらを見る並原に、少しだけぞくりとした。
放課後、並原を殴ったことに負い目を感じていた俺は、渋々教室にいた。
正直、また手が出てしまうのではと気が気でなかった。
「なんだよ、殴りたきゃ殴れよ」
「殴る? 殴っていいのか?」
「な、殴るつもりで呼んだんじゃ…」
「まさか。そんなことしてなんになるんだ」
あっさりと言う。
てっきり殴られるのだろうと思っていた俺は、若干拍子抜けしていた。
「じゃあ、何なんだよ。俺はお前なんかと話したくねえんだよ」
まただ。また、あの大嫌いな自分が来る。
「大体、さっきは――」
「違う。僕が話したいのは、君じゃないよ」
「…は?」
何を、言っているんだ。
呼び出したのは、そっちじゃないか。
「君じゃなくて、もうひとりの君だ。海津君」
「なっ――!」
見抜かれている。
しかし、いったいどうして…
「…ああ、替ったようだな。とにかく、君が飼っている怪物を、早くどうにかした方がいい」
「え…?」
「早くしないと――死ぬよ」
「黙れっ!」
やつが来た。
また、暴走が始まる。
振り上げた拳を、並原が止める。
「君が僕を嫌いな理由を、教えてあげようか」
「煩い! お前なんか…」
「君はただ、僕が感情を顔に出さないのが気に食わないだけなんだ」
「違うっ! 適当なことを…」
「違わないだろう。弱者を甚振るのが好きな君が、苦痛や悲哀の表情を求めない筈ないんだから」
「知ったような口を利くな!」
激昂した俺の言葉に、並原は眉ひとつ動かさずにいた。
「知っているさ。僕には君が視えている」
「な、何を」
「海津君、よく聞け」
なんだ。
いったい何なんだ。
並原は…何を視て、何を知っているというんだ…!
「人が何のために生まれてくるのか、知っているか?」
「やめろっ! それ以上言うな!」
何故こんなにも嫌がっている?
何を、言おうとしている…?
「人は、誰かに必要とされているから生まれるんだよ」
誰かに、必要と…?
…そんなはず、ない。
「喋るんじゃねえ!」
並原の手を振りほどいて、殴る。
しかし、その拳は受け流され、少し体勢を崩しただけだった。
「…必要とされていないとでも言う気かい? …ふん。それならはっきり明言してあげよう」
「や、やめろ…!」
そして俺は気づいた。
ここにいる並原は、いつもの、教室にいる並原とは違う。
もっとずっと、強く、大きな存在。
「僕には君が必要だ。もっと言うなら、僕に必要とされていない人間など、誰ひとりとしていないっ!」
ああ、それは。
ずっと誰かに、言ってほしかった言葉――
俺は幼い頃、ろくに親と話さなかった。
親に嫌われ、一度殺されかけた身だった。
何かあるごとに聞かされた言葉は、
「こんな子、やっぱり産まなければよかった」
だった。
当然学校行事に親が来ることはなく、次第に自分はいらない人間なんだと思うようになっていった。
そして、一時期はよく精神が不安定になった。
何故不安定になるのか、俺自身よくわからなかった。しかし、そういう時には決まって「死にたい」という自殺願望が込み上げてくるのだ。
日本では基本的人権で自由が保障されているのだから、自分の命をどうしようと自分の勝手じゃないかと。
自分の人生の幕を自分で引くことが何故いけないのだろうと。
そう思っていたときもあった。
そう語った俺に、並原は
「君は要らない人間なんかじゃない」
と再び言ったのだった。
「…君が必要とされているという事実を認識させ、あの怪物に自分の存在を否定させたんだ」
「…で、結局あいつはなんだったんだ?」
「さあ。それは君の方がよく知ってるんじゃないのか?」
「…そう、かもな」
「なんにせよ、あいつはもう落ちたんだから、気にしないことだ」
「ふーん……じゃあ、あれはなんだ?」
「なんだい?」
「あの…『僕には君が視えている』ってやつ」
「ああ、あれか…」
「…お前には、何が見えてるんだ?」
「……僕には、」
「世界の本質が、視えるのさ」