『人生とは選択の連続である』
いつかどこかで聞いた言葉だ。
この言葉を聞いたとき、私は「当たり前のわかりきったことじゃないか」と思ったものだった。
だが、そのときの私を、今の私はこう思う。
「…まったく、愚かだよね」
何もわかっていないくせに、わかったような口を。
本当に、愚かしい。
あの地獄の日々を経験した私は、そう思う。
…あれは、秋の日のことだった。
忘れもしない、10月29日。
始まりがあるなら終わりもある。と彼は言ったが、もしそうなら、私にとってあの日は。
確実に、終わりであり始まりだった。
すべては一通の手紙から始まった。
「…招待状……?」
そう書かれた飾り気のない封筒が郵便受けに入っていた。
招待状。
たったそれだけしか書かれていない真っ白な封筒に、私はどこか奇妙なものを感じた。
「…なんだろ、凄く…厭な感じがする……」
奇妙な感覚の原因を求め、封筒をしげしげと見つめてみる。
そして、見つけた。
「ああ…そっか」
招待状。
それだけしか、書かれていないのだ。この封筒には。
住所も宛名も、送り主どころか切手すらない。
そんな手紙に奇妙なものを感じるのも無理はなかった。
このことが表していることは、一つ。
つまり、この手紙は送り主が直接郵便受けに投函した、ということだ。
…なんだか急に手紙が薄気味悪いものに見えてきた。
「…………」
何なのだろう。
なんだかとても、厭な……
「お姉ちゃん? いつまで郵便受けの前でつっ立ってるの?」
玄関に立つ妹の姿を見て、はっとする。
いけない、今日は約束があったんだった。
「ほら、彼氏から電話きてるよ」
「うそっ! それを早く言ってよ!」
私はあわてて家に入った。
あの手紙を、郵便受けに残したまま…
「も、もしもし!」
『おう、雪野か』
「う、うん」
…名前で呼んでくれればいいのに。
密かにそう思っていた。
「…それで、どうしたの?」
『いや…部活がさ…』
部活、という言葉だけでなんとなくわかった。
「要するに、部活が長引きそうだから、約束の時間に遅れるかもしれないってこと?」
『め、名推理だな。実はそうなんだ』
やっぱり。
前にもこういうことがあったのだ。
「…わかった。じゃあ部活終わったら電話かメールしてね」
『おう。…あ、先輩来たから切るな。わりい』
「うん……」
電話が切れてからも、私はずっと携帯電話を見つめていた。
「…お姉ちゃん?」
「…へ? あ、なに?」
「なにって…さっきの電話…」
「……うん。部活だって」
「お姉ちゃんも大変だね」
「あんたは自分の心配をしなさい。今年受験なんだから」
軽く頭を小突く。
「いたっ! うー…あたしは余裕だからいいんだもん」
「……全国の受験生に謝りなさい」
受験が余裕って…
まあそう言うだけのことはあって、妹は頭がよかったりする。
しかも、何もしなくても頭に入るという、天才型の。
……ああ羨ましい!
「…で、お姉ちゃん。郵便は?」
「…あ」
郵便受けの中だった。
「…そうだ、招待状!」
「へ? なに?」
妹の声に答える前に、私は走り出していた。
バタン。
部屋の扉を閉める音が、やけに大きく聞こえた。
「…………」
少し、中を見てみるだけだ。
もし私宛じゃなかったら、何事もなかったように振舞えばいい。
真っ白な封筒から、数枚の紙片を取り出した。
…私は、何を怯えているのだろう。
手紙を持つ手が、こんなに震えるなんて。
軽い深呼吸をして、手紙を開いた。
『雪野 美優様
厳正なる抽選の結果、貴方様が当選しましたことをここに記します。
つきましては、景品を交換所まで取りにきていただきたいのです。
交換所への地図は、2枚目に記してあります。
防犯のため、鍵がかかっておりますので、同封の鍵でお開けください。
なお、同伴者は1人までとさせていただいております。
景品の交換日は10月31日となります。
ご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。
敬具』
「…………」
胡散臭すぎる…
なんというか、不躾でもある。
「ううん……」
いつもなら、無視する類の手紙だ。
しかし、私は。
何か、ざわざわとしたものを感じていた。
背筋が凍る、その手前の感覚を。
「……なるほどなー。確かに胡散臭い」
かけていた黒縁の眼鏡をはずし、目の前の人物が言った。
「やっぱり、吾九汰くんもそう思う?」
「ああ」
私たちは、とあるファーストフード店に来ていた。
正面でコーラを飲みながら答えるのは、私の彼氏の
…無用な説明かもしれないが、れっきとした男である。
冬佳、という名前は母親がつけたらしく、彼はその名前で呼ばれることを嫌っている。
理由は簡単。「女っぽいから」。
だから本人の前で名前の話は禁句なのだ。
「…第一に、時候の挨拶とかそういうのがねぇし、第二に交換所ってのが気になる」
「なんで?」
「何と交換するのか、書いてねぇじゃん」
なるほど。
「第三に、なんで鍵が同封されてんのか、だ」
「鍵がかかってるからでしょ?」
「そこだよ。なんで交換所に鍵なんかかける必要があんだよ」
「あ、そっか」
ずず、とシェイクを吸う。
…なかなか美味しい。
「つーか、そもそも景品を届けてくれりゃあいい話だろ。それが第四」
「確かに…」
「第五。同伴者が1人までってどういうことだよ。なんでそこまで指定されなきゃなんねぇんだよって話」
「す、凄い…」
たった1度読んだだけで、ここまで挙げられるとは……
「俺が気づいたのはそんくらいだな」
「……どうすればいいかな。あきらかに胡散臭いけど」
「………そう、だな……よし、俺もついてってやるよ」
「ええっ!? 行くの?」
「まあ…気になるしな。雪野が嫌なら別にいいけどよ。」
「わ、私も……気になる、けど……」
「………まあ、明日もあるんだし。1日考えたらどうだ?別に今決めなくってもいいだろ」
「う、うん……」
それはそうなのだが。
「…じゃ、そろそろ行こうぜ。雪野」
席を立つ吾九汰くんの姿を見て、なんとなく、行くことになるんだろうなぁ、と考えていた。