2月22日の奇跡



    午後10:37分。

    僕はコンビニに向かう途中



    黒衣の女性に出会った。



    服はすべて黒でまとめられており、唯一目を引くのは銀色のネックレス。どうやらロケットのようだ。

    髪は短すぎず長すぎず。セミロングといったところか。

    特に日本人離れした容姿でもない。

    ある一点を除いては。

    その女性の瞳の色は、金色に輝いていたのだ。

    そんな高校生、いくら若くても中学生くらいの女性に、じっと睨まれた。

    「…お、俺、なんかしました?」

    「……貴様、私がわかるのか…?」

    訳がわからない。

    わからないとかないだろ、夜とはいえ。

    「…まぁいい。貴様は何もしてはいない。ただ…貴様からは妙なものを感じて、な。」

    人のことを貴様貴様と…口の悪いやつだ。

    「何だよ…俺が妙だって言うのかよ。」

    「ああ。妙だな。」

    きっぱりと言いやがった。

    そして偉そうだ。

    「…一体何が。」

    「それがわからないから妙だと言うんだ。」

    「………」

    ああそうですか。

    …頭おかしいんじゃないのか?こいつ。

    僕はひとつ溜息をつき、その女性から少し離れるようにして脇を通り過ぎようとした。

    だが。

    「待て。貴様に用がある。」

    呼び止められた。

    …普通の用ならいいんだけど…

    「…何。」

    「貴様と会ったのも何かの縁だ。少し付き合え。」

    初対面にもかかわらず、命令口調かよ。

    やっぱり偉そうだ、こいつ。

    「…なんで俺が…」

    思わず口に出た。

    正直に言うと、それは俺ですら聞き取れないような、とてもとても小さな呟きだった。

    なのに。

    「貴様……私を怒らせたいのか?」

    怖い。怖すぎる。

    女だから大丈夫とか、全然思えない。

    そこから僕は、本能的にこう思った。



    『この人を怒らせてはならない』と。



    「い、いえ。そんなことはありません!付き合いますとも!」

    「そうか。ならいい。」

    …嗚呼、僕はどうしてこんなにも弱いんだろう……



    彼女が付き合えといった先は、僕の本来の目的地のコンビニとは正反対の、とある店の前だった。

    因みにその店はもう閉まっている。

    こんな所に来て、どうするんだろう。

    人気もないし…と思ってはっとする。

    まさか……殴られるのか?

    いやいやいや。それはないだろ。

    ……多分。

    「何をぼうっとしている。行くぞ。」

    「え……ど、どこにですか?」

    「上。」

    そう言って真上を指した。

    「う、上って…」

    僕が言い終わらないうちに、彼女は店の隣にあった金属製の階段を上っていく。

    なんだか足取りが軽い。

    「ま、待ってくださいよ!」



    「どうだ。綺麗だろう?」

    彼女が問う。

    「…そうですね。凄く…」

    僕たちは寝転がって空を見上げていた。

    この店の周りはもう閉店した店ばかりで、光るものといえば家の微かな明かりと街灯くらいのものだった。

    そんな暗い場所で、星たちは輝いていた。

    まるで満月を彩るかのように。

    「…空って、こんなに綺麗だったんだ…」

    「この辺りは都会だからな。こういう所にでも来ないとなかなか見れないだろう。」

    その通りだった。

    都会の明るさは、こんな美しいものまで消してしまっていたのか。

    そう思うほど、この星空は綺麗だった。

    「…さて、そろそろ行くか。」

    そう言って彼女は立ち上がった。

    「行くって…どこにですか?」

    上半身だけ起こして、僕は訊いた。

    「どこって…貴様の家だ。特別に私が家まで送ってってやろう。」

    普通は逆だろ。と言いたかった。

    だけど。

    「…ありがとう。」

    なんとなく、礼を言いたくなった。

    「なんだ、素直だな。いつもは貴様の方が私を送ってくれたのに。」

    「?」

    何の話だ?

    「…おっと口が滑った。今のは忘れてくれ。」

    「はぁ…」

    「さ、行くぞ。」

    僕らは当初の目的も忘れて、家に向かった。



    「送ってくれてありがとな。一人で大丈夫か?」

    「貴様に心配されずとも、私は一人で帰れる。じゃあな。」

    左手を上げて、歩いて行ってしまった。

    その後姿をどこかで見たような気がしたけど、思い出せなかった。



    翌日。

    「おい、お前猫好きだったのか?」

    「は?」

    いきなり何の話だよ。

    「いや、昨日ずっと猫と話してただろ、お前。」

    「昨日…?」

    昨日といえば、あの黒衣の女性くらいしか記憶にないんだけど…

    「10時半過ぎにさ、黒猫と話しながら歩いてただろ。」

    「え…?」

    まさか。

    まさか……彼女が?

    「お前、猫に対して敬語はないだろ。」

    笑う友人。

    だけど僕は笑えない。

    彼女が…猫?

    いや…しかし…

    「どうしたんだよ。なんか変じゃね?」

    「いや…俺、女の人と話してたんだけど…」

    「…あの時間?」

    「ああ。」

    「……そういえば…昨日って…なあ、昨日って何の日だっけ?」

    友人がすぐ近くに座っていた秀才男子に訊いた。

    「昨日は…猫の日だな。」

    「あーやっぱそうか。お前、猫に化かされたんだよ。」

    「え?」

    「そうとしか思えねえ。その女、猫だったんだよ。」





    友人が見た黒猫と、僕が見た彼女と、共通点があった。

    即ち、あの銀のネックレス。

    友人が言うには、猫には鎖のような首輪がされていて、それに丸いものがくっついていたという。



    そして、繋がった。





    僕が昨日話した彼女は、僕のよく知る僕の飼い猫だったのだ。