紅き花は闇に咲く



    目を開くと、そこには真っ暗な闇が広がっていた。

    他には何もない―――ただ闇がそこにあるだけの空間。

    「ここは……どこだ?」

    彼は呟く。

    見慣れない地に戸惑いを覚えながら。

    まるで、闇が襲ってくるような。

    そんな錯覚が彼の不安という感情を膨らませる。

    「……不安?」

    (いつから、僕は…不安を抱いていたのだろう…)

    答えは、出なかった。

    答えを出すために必要な過去の記憶が、すっぽりと抜け落ちていたから。

    もう、出られないのではないか。

    そんな考えが頭をよぎる。

    そんな時。

    真っ暗な空間に、光が浮かんだ。

    出口だ。

    反射的に彼はそう思った。

    だが、光に向かって走るうち、そうではないと気づく。

    「あれは……花?」

    光を放っていたもの―――それは一輪の花だった。

    「……くそっ……!」

    そんな言葉が、彼の口から漏れた。

    「あぁ…なんで僕はこんなところに……」

    そういう彼の、動きが止まる。

    なぜ、僕はここにいる?

    どうやって、僕はここに来た?



    僕は……誰だ……?



    「う…うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

    叫んでも、何も変わらない。

    彼もそれはわかっていただろう。

    彼が、正常な状態であれば。



    どこか焦点の合わない目で花を睨み、茎を掴んだ。

    今にも折れてしまいそうなほど、強く。

    「お前のせいだ、お前のせいだ、全部全部全部お前が悪いんだ、僕は悪くない、何もかも全部全部お前が―――」

    突然、言葉が途切れた。

    彼は引きつった顔で、自分の胸もとを見る。

    花の光に照らされ、真っ赤な染みがよく見えた。

    そして、その中央に刺さった、鋭く尖った花の葉も。

    「……花、が。」

    動いた。

    自分の意思で。

    「あり、え……な…い」

    ず、と花は自らの葉を抜き、元の形に戻した。

    彼はそのままの状態で、後ろに倒れていった。

    荒い呼吸は、止まっていた。

    そして、心臓も……





    花は、葉に付いた血液を根元に垂らし、吸収した。

    彼の周りに広がる血だまりも、同じように。

    吸収する。

    まるで、彼の血を愉しむかのように、ゆっくりと。


    真っ白な花弁を、紅く滲ませながら……