誰よりも、君を。



    「…よし。」

    制服が乱れていないか、確認した。

    髪型も変じゃない。

    大丈夫。

    今日は、最後の日なんだから…!



    今日は中学の卒業式。

    小学校からの友達とも、別れることになる。

    それが少しだけ寂しい。

    「…いってきます!」

    玄関の扉を開け、外を見る。――快晴だ。こんな日こそ、卒業式に相応しい。

    朝の新鮮な空気を吸い込み、歩き始めた。

    …まだ、少しだけ怖い。

    卒業という別れの他に、もうひとつ、言わなければならないことがあるからだ。

    今まで言えなかったことを…言うんだ。彼に。

    私は学校への道を急ぎ足で歩いた。一歩一歩、踏みしめるようにしながら。



    「おはよー!」

    「あ…おはよ…」

    心なしか表情が暗い友人。

    「…もう、卒業なんだね…やだな…」

    彼女とは小学校からの友人で、志望校が違う。だから今日、彼女とも別れなければならない。

    「大丈夫だよ!そんな永遠の別れじゃないんだから、会おうと思えばいつだって会えるって!」

    「そう、かな…」

    「そうだよ!」

    それでも彼女は目を伏せたままだった。

    「じゃあさ、卒業式終わったら、みんなでどっか遊びに行こうよ!」

    「…来週から受験なのに?」

    …そうだった。

    「あー…じゃ、終わってから!」

    「うん…」

    「おーい、全員席に着けー!」

    担任が入ってきた。いつもはジャージ姿なのに、今日はきちんとスーツを着込んでいる。やはりちゃんとした式だからだろう。

    担任からは諸注意、連絡があったが、どれも以前から聞かされていたものだった。

    そして私たちは、中学最後の晴れ舞台へと向かった。



    卒業証書をもらう時、

    歌を歌う時、

    そして式が終わり、教室に戻った時に、涙で頬を濡らす人を何人も見た。

    私も友人も、例外ではなかった。

    けれど私はどこか冷めていて、泣いたところで何も変わりはしないのに、と思っていた。


    そして、とうとう。

    その時が来てしまった。



    「…で、何?用って。」

    「ごめんね、呼び出したりして…」

    「別に、いいけど。…それで?」

    「…前から、言いたいことがあったの…」

    「………」

    「…1年生のときから、ずっと一緒のクラスだったでしょ?」

    「ああ。そうだったな。」

    「私、その時からずっと…あなたの事が……」

    「…ごめん。俺…彼女いるし。」

    「ううん。関係ないよ、そんなの。」

    「………え?」

    「…そんなこと、知ってるから。」

    「…そうなのか…」

    「うん…それで…ね。」

    「いいよ、わかってるから。…言わなくて。」

    「ううん。あなたはわかってないよ。全然私の気持ちに気づいてないよ…」

    「………」

    「私がどんなに辛かったか、知ってる?彼女ができたって自慢されて。」

    「…悪い。その時は…知らなかったんだ。」

    「……ずっとずっと、苦しかったんだよ?私…だから…聞いてくれる?」

    「…わかった。」

    「私、1年生のときから…ずっと、あなたの事……」



    少しの静寂。

    これで、私の気持ちもすっきりする筈。

    きっと…



    「誰よりも、大っ嫌いだった。」

    「え…?」

    それから先は、私が今まで言えなかったことを、すべてぶつけてやった。

    「いつだってあなたは傲慢で、人に押し付けてばかりで、口も悪いし最低だった。国語のテストでカンニングしてたのだって、私知ってた。だけど言わなかった。だってあなたは私たちのクラスのリーダー格。もしそんなことを言った日にはみんなからいじめられるに決まってる。だから私は今までずっと我慢してきた。それなのに、あなたは気づいてなかったよね。それどころか、あなたは告白だと思い込んで…ほんと、馬鹿みたい。調子に乗らないで。」

    そこまで一気に言ってやった。

    息が…苦しい。息継ぎの時間が短すぎたか。

    一方相手はというと、ぽかんとして身動きひとつしない。口は半開きになってるし、視線は一箇所に固定されている。…いい様だ。鼻で笑ってやりたくなるくらい。

    だけど、そこまではしない。

    だってもう…



    十分すぎるから。


    「…今のあなたとのやり取り…録音しておいたから。」

    「!!」

    一気に表情が驚愕に変わる。

    携帯電話を見せ、停止ボタンを押す。そして再生。

    『…で、何?用って。』

    『ごめんね、呼び出したりして…』

    『別に、いいけど。…それで?』

    「や、やめろ!」

    顔を真っ赤にして相手が叫ぶ。それを見て、私は思わず微笑んだ。

    「大丈夫。あなたが私と同じ高校を志望しているのはわかってるから。もし、中学時代と同じことを繰り返すようなら…これ、公表するから。勿論匿名で。」

    「や、やめてくれ!頼む!」

    …なんて、楽しいんだろう。

    「そうそう。それからもうひとつ。もし私をいじめるような人物が出てきたら…あなたの指図で動いてるんじゃないかって、勘繰っちゃうかもしれないなー。」

    「…ど、どうすればいいんだ!?」

    「私を、護衛してくれる?それと、この携帯を誰にも奪われないようにしてね。もし奪われたら…あなたが関わっていなくても、公表しちゃうかも。」

    「わ、わかった!やるよ!」

    「約束、してくれる?」

    「勿論だ!約束する!」

    思わず私は唇を歪める。

    これが私なりの復讐の仕方。


    よく覚えておきなさい。

    でないと…




    次のターゲットは、あなただよ?


    『誰よりも、あなたを嫌う。』