「…優貴、ちょっと話がある。」
瀧が話しかける。
「何ですか?」
「奏ちゃんは先に行ってな。」
「……じゃあ、優貴さん。そこの交差点で待ってるから……」
そう言って、走っていく奏。
「…それで、お前、何であの時泣いてたんだ?」
「…! み、見て、いたんですか…?」
「たまたまな。あのお嬢さんがお前のところに行くって言ってたから、覗いてみたら…ってとこだ。」
「……そう、ですか……」
目を伏せて、呟くように言う。
「…それで、何で泣いた?」
「………私は、昔…とある人物と、約束をしていたんです……」
ゆっくりと、優貴は話し始める。
「それは、もう10年も前のことで……私は、その方の顔を、覚えていません…」
「どんな、約束だったんだ?」
「……あの時は、ちょうど、母が亡くなった日でした…本当は、10年前に、母を亡くしたのです…」
『私、引っ越すの。だから、お兄ちゃんに、これ、あげる。』
『これは…ブレスレット、ですか…?』
『うん。きらきらしてて、きれいでしょ?ダイヤっていうんだって。』
『ダ…ダイヤって……だ、駄目です!そんなもの、貰えません!』
『……じゃあ、また10年たったら、ここに帰ってくるから、その時に返してね。それなら、いい?』
『…わかりました。絶対、帰ってきてくださいね。』
『うん!じゃあ、お兄ちゃんも、10年後まで、ここにいてね!約束だよ!』
「…私には、友達と呼べる人が殆どいなくて…それは彼女も同じだったらしく、よく、遊んでいました…」
「それで?」
「……宋眞様から、言われていたんです。今日で、この仕事を終了する、と。そうなれば、私はここにはいられないんです。」
「……どういうことだ?」
「宋眞様が引き取る、と言う前に、1軒だけ、来てもいいと言われた家族がいたんです。仕事が終われば、そこに厄介になることになっていたんですが……」
「そいつらの家が、ここから遠く離れたところだった、ってことか?」
頷く優貴。
「そうなれば、私は彼女との約束を果たせない…今年がその10年目ですから…」
「…そんなに、大切だったのか?その約束。」
「はい。私は彼女に支えられていたのですから……彼女との最後の約束くらい、果たしたかったのです。」
「そうか。……それなら、よかったな。」
「はい。あの家族のところに行かないことにはいきませんが……」
「何言ってんだよ。あのお嬢さんとこに住んじゃえばいい話だろ。」
にやりと笑う瀧。
「な…何を言っているんですか!あなたは!」
「あの子だったら、許してくれそうだけどな。」
「そ、そういう問題ではありません!」
「お前が焦るとこ、初めて見たよ。」
「からかわないでください!」
顔を赤くしながら、優貴が言い放つ。
「…まったく…何を考えているんですか。あなたは……」
優貴はため息をつくが、瀧は楽しげに笑う。
「その方が、金もかからねぇし、約束も果たせるし、何かあったらすぐ行けるだろ?一石二鳥どころか、三鳥だ。」
「ですから、そういう問題では……」
「ま、本人に聞いてみようぜ。」
な。と言って優貴の肩をたたく。
「……というわけなんだが、どうだろう。」
「別に、いいよ。その方がお金かからないし、便利でしょ。嫌なら隣を使えばいいし。集合住宅だから。」
「そ、そうなんですか?」
奏は頷く。
「今年こっちに引っ越してきたの。だから………どうしたの?」
「…なあ、優貴。今俺が思ったこと、お前も思っただろ。」
「…奇遇ですね。私もそう思っていたところです。」
顔を見合わせる瀧と優貴。
「…奏ちゃん。引っ越してきたのに、理由とか、あるか?」
「え……ちょっと昔、友達と、約束してたから……だけど…」
「優貴。俺はこれ、ビンゴだと思うぜ。」
「い、いえ…偶然かもしれません。焦りは禁物です。」
「な、何の話?」
訝しむ奏。
「……それって、10年前、とか、だったりする?」
「え…なんで、知ってるの?」
「…やっぱりそうだって!優貴、行け!」
「どこにですか!」
思わずツッコミを入れる優貴。
「…だ、誰と…約束されたんですか…?」
奏と目を合わせられないまま、優貴が問う。
「……名前は覚えてないけど…年上の、男の子、だったと思うけど…」
優貴は、思わず抱きしめた。
瀧が口笛を吹く。
「やっと……会えた…」
「え、え?ゆ、優貴さん…?」
何が起こったのか理解ができていない奏。
奏をはなし、ポケットから、ブレスレットを出す。
「これ…覚えてますか?」
「あ…それ、あの子にあげた……って、ええ?!ってことは、あの、優貴さんだったの?!」
思いっきり驚く奏。
「ずっと、あなたに伝えたかったんです。ありがとうございましたって。」
心から、優貴は礼を言う。
「私の方こそ……ありがとう。」
「なあ…俺もいるんですけど……」
独り置いてけぼりを食らった瀧は、寂しげに呟く。
だが、2人は聞いていない。
「聞けよ!」
瀧の声が、街の中で谺するだけだった。
「だから、無視するんじゃね―――――!」