上総は、犯人が来るまでの間、不可解な行動について考えることにした。
勿論、裕と。
「一体、何が目的なんでしょうね…」
「目的より、気になることがある。」
「何ですか?」
裕は渋面を作る。
「犯人の行動と、目撃証言。この2つが不可解だ。」
「目撃証言…ですか。」
そう言われて、上総は証言内容を思い出す。
ある人は「黒いロゴ入りのジャケットに、迷彩柄のズボンの男だった。」と言い、
ある人は「淡いブルーのコートを着た、スーツ姿の女性だ。」と言う。
またある人は「ラッパーのような格好」と言い、
ある人は「サラリーマン風の中年男性」と言う。
見事にばらばらである。
「確かに、バラバラでしたけど……それぞれ、みんな怪しかったんじゃないですか?」
「そうかもな。そういうことだったのかもしれない。」
「え。」
あまりに意外なことを言う裕に、上総は驚いた。
「どういうことですか?」
「つまり…怪しい人物が多くいれば、人の注目はそちらにいくだろ?」
「ああ……」
なるほど、と上総は納得した。
そうすれば、いい隠れみのになる。
もし犯人が不審な行動をとっていなかったとすると、そちらに注目がいってしまって気づかれないこともあるかもしれない。
「まあ、可能性のひとつだが。」
「…そいつらから、情報引き出せませんかね…」
「……どうだろうな。顔を見ている可能性は低いかもしれん。」
裕の言うことは、よくわかっていた。
最近はインターネットでそういった取引をすることもある。
金で雇い、そいつに目立たせる。
そいつは捕まるかもしれないが、犯人の顔を知らない以上犯人の身が危うくなることはない。
「……ネットでなら、犯人も安全ですからね。」
警察がそういったサイトが見つければ、個人を特定するのも可能だ。
だが、情報が溢れたこの社会で、それをやるには時間がない。
「…ああ。仕方ないがこの線は駄目だな。時間がなさ過ぎる。」
「…じゃあ、どうして犯人は警察にヒントを出すような真似をしたんでしょう…」
「そうだな……考えられるのは、警察への挑戦状。それからただ単にからかっているだけか。」
「からかって…ですか。」
「自分のやっていることに、警察が慌てふためいているのを見て、楽しんでいるような…そんな感覚があったものでな。」
上総は黙って聞いていた。
「ヒントを出すような真似をしたのも、優越感に浸るためかもしれない。」
「つまり、ゲームのようなもの、ということですか?」
「想像の域を出ないことだがな。」
いつものように、そう付け加えた。
と、そのとき。
裕の携帯電話が鳴った。
「…す、すまん。妻からだ……」
珍しいことだった。
裕はあまり身内について話さない。
身内だけでなく、自分のことも。
裕の妻は、裕の話を聞く限りでは優しく、大人しい印象だった。
その人が、夫の仕事中に電話をかけるとは…
やはり、緊急だろうか。
「ああ、わかりました。」
携帯電話の通話ボタンを押し、裕は廊下に移動した。
あまり聞かれたくないらしい。
聞き耳を立てるのも趣味が悪いと思い、大人しく居間で待つことにした。
数分経って、裕が戻ってきた。
「奥さん、緊急の用事でもあったんですか?」
何気なく、上総は訊ねてみた。
だが、そう訊かれた裕の表情は暗い。
「……妻が、交通事故で病院に搬送されたそうだ…着信履歴の一番上に名前があった俺に、電話がかかってきた。」
初めて見る表情だった。
悔しさが顔に出ている裕を、今まで見たことがなかった。
「……きっと、無事ですよ。」
「……そう、だといいな。」
沈黙が流れた。
こういう時に慰めの言葉が出てこなくなるなんて、と上総は自己嫌悪した。
「…ゆ、裕さん……」
「…あいつは…
紗鳥というのは、裕の妻の名だ。
「大丈夫だ……あいつなら…」
その口調は、自分に言い聞かせているようだった。
「悪かったな、空気重くして。」
「いえ、そんなことは…」
仕事に戻るぞ、と言って再び考え始める裕。
その姿は、やはりどこか寂しそうだった。
「上総。そういえば…今までの事件は皆共通して通報が早かったよな。」
「え?…あ、はい。そうですね。」
「何故だと思う?」
裕が問う。
「…やっぱり、犯人が通報したからでしょうか…」
「ああ、恐らくそうだろう。では何故、通報したんだ?警察に通報するということは、自分も発見される可能性は十分にある。」
「…うーん…例えば…発見されても別によかった、とか。」
「そう。よかったんだよ。見つかっても。」
裕が、そう口にした。
上総は驚いて裕を見た。
「え…?」
「ここからは、今までが犯人の筋書き通りだという仮定の上で推測する。いいか?」
「は、はい…」
見つかってもよかった、と言う根拠が聞きたかったが、後にした。
「俺たちがここに乗り込んできた。その場合、犯人にとって都合のいいことがある。何だと思う?」
「え…っと……爆弾を探す人が減ったこと…とか?」
裕は首を振る。
「お前はこの作戦を持ち込んできたんだ。そして…籐野邸にいる警官の人数がかなり減った。」
「それが…都合がいいことなんですか?」
「そうだ。今警察署を狙えば、ほぼ壊滅だ。」
「いえ、それはないですよ。だって警察署は空っぽなんですから。」
「だから、仮設の警察署のほうだ。警察署の付近の住民は、警察署が爆破されることを知っている。もし犯人が警察署付近に住んでいたなら、狙うには絶好の機会だ。」
珍しく、裕は断言する。
「だが、その可能性は低い。何故なら警察署の隣の避難所から籐野さんたちを殺害するために動くのは目立つ。不審に思う者も出てくるだろう。」
「それは…そうですけど…」
「しかし、ある条件を満たした人間は、それが可能だ。」
「…どういうことですか?」
不審に思われずに籐野を殺害し、警察署も爆破する。
上総には不可能に思えた。
「籐野自身に、爆弾をつければいい。」
「!」
衝撃的な一言だった。
あまりに残酷で、確実な罠。
「籐野さんたちは、今日が休日ということもあってどこにも出かけていない。ということは、容疑者は絞られる。」
「待ってください。そうすると、容疑者って……」
上総と裕、浩嗣、籐野邸に来ていた警官たち…
それだけに絞ることができる。
「……内通者がいたってことですか?」
「そういうことになるな。」
あっさりと、裕は肯定した。
「裕さん、あなたは仲間を信じないんですか?」
「議論している場合じゃない。もう7時20分だ。言いたいことがあるなら、すべて聞き終わってからだ。」
上総は押し黙る。
裕の言っていることは正しかった。
もう時間がない。
「内通者がいた、そう考えると辻褄が合う。常に情報を流している人物がいなければ、今回は成り立たない。理由はわかるな?」
「……誰が籐野さんを連れて行くのか、どれだけの人数が警察署に向かうのか。それがわからないから。」
上総の言葉に、裕は頷く。
「それに、籐野さんたちを連れて行く先が警察署かどうかもわからない。だからこそ、内通者がいると考えた。…さて、次に移る。その内通者とは、誰なのか…?」
もう核心をついている気がする。
考えがまだ甘い部分もあるかもしれない。
だが今は、進むしかない。
「内通者になり得る条件は、籐野さんに爆弾が仕掛けられた人物であることと、ある程度方向を誘導できる人物であること。」
「誘導ですか?」
「ああ。そうでなければ、犯人側にとって不都合なものになる可能性も十分にある。そう考えるとそれが妥当だろう。」
爆弾が仕掛けられた人物。
ある程度方向を誘導できる人物。
上総は浩嗣に電話をかけた。
3回目のコール音の後、浩嗣は電話に出た。
『なんだ?緊急か?』
「ああ、緊急だ。浩嗣、今から言う質問に正確に答えてくれ。」
『……わかった。』
上総の言葉から、浩嗣は何かを感じ取ったようだった。
「お前と籐野邸にいた警官の中で、一人で籐野さんに近づいていたやつはいたか?」
『……………いや、いなかった。ちょっと待ってくれ。本人に聞いてみる。』
少しの間、沈黙が流れた。
『聞いてみたが、いないと答えられた。…しかし、それがなんだってい』
裕が上総の携帯電話を奪っていた。
「…返してください。」
「いや、駄目だ。今お前に返せば、何を口走るかわからない。」
「……事実を言うまでですよ。返してください。」
「駄目だ。」
裕は返そうとしない。
上総は警察用のイヤホンをきちんとつけ、マイクに口を近づける。
「上総です。……犯人を捕獲しました。配備に当たっている警官に、署に戻るよう伝えてください。」
通信を切り、裕の手首に手錠をかける。
「……俺を売るのか…?」
「裕さん。あなたなんでしょう?認めてください。あなたなら可能なんですよ。浩嗣たちが籐野さんのいる2階に上がってから廊下へ移動したあなたになら…」
「何が言いたい。」
「あなたは浩嗣を引きとめ、籐野さんにさり気なく爆弾を渡す。もちろん見た目は爆弾ではなく…カバンです。それも、籐野さんの物。不審に思うこともなく、籐野さんはそれを受け取る…どうですか?」
「…………」
裕は何も言わない。
「……本当に、残念です。こんなことになるなんて…」
「そうだな。……今まで生きてて、ここまで言われたのは初めてだ。」
そう言って、裕は上総に拳銃を突きつける。
躊躇うことなく、引き金を引いた。
バン。
乾いた音が部屋に響いた。