優しい先生の優しくない冬期講習



    「―――それでは、今日の授業をこれで終わります。起立。礼。解散!」

    今日もやっと塾が終わった。

    こう毎日勉強ばかりだと、正直疲れる。

    だけど、私の場合は…



    まだ、終わらない。



    私は三村 都真理(みむら とまり)。

    いわゆる、受験生だ。

    割と進学校である私が通う学校では、

    「遊ぶ暇があれば勉強しなさい!」

    と言われ、母親からも、

    「受験生なんだから、もっと頑張りなさい。」

    と言われ、塾に通わされる毎日。

    それが日常。

    特に、冬休みに入ってからは、受験が近いのだから、という理由で塾以外外出禁止令が出るほど。

    「はぁ……」

    ため息が出る。

    ため息をつくと幸せが逃げる、というものがあるが、もしそうだと言うのなら、科学的な根拠をつけて説明してもらいたい。

    それで、納得させてほしい。

    「三村。調子はどうだ?」

    「…先生。…最悪です。」

    塾の先生、村辻むらつじが言った。

    「あー…それは、調子が、だよな?」

    「…?そうですけど…」

    「あ、ならいいんだ。……それじゃあ、始めるか。『勉強熱心な三村』さん。」

    嫌味か。

    『勉強熱心な三村』というのは、同じ学校で同じ塾の一人がからかって私をそう呼んだもので、妙にしっくりきたのか、多くの人がそう呼ぶようになった。まあ、あだなのような、嫌味のような、微妙なものだ。

    「…別に、熱心じゃありませんから。それに、熱心なのは先生のほうでしょ?給料も入らないのに、塾の生徒に付き合って勉強って…」

    「俺は三村は熱心な方だと思うけどな。…まあ、いいか。取り敢えず始めるか。」

    「……はい。」



    私はどちらかと言えば理数系で、文系はあまり得意ではなかった。

    国語のテストのとき、今一つ納得できないことがあって、先生に聞いてみたものの、納得のいく説明はもらえなかった。 それで、(試しに)塾の先生、村辻に聞いてみると、

    何故か、物凄く納得した。

    その時に村辻がいった言葉が、

    「…熱心だな、三村は。よし。そんな三村のために、俺が一肌脱ごう!」

    というもので、しかも本当に脱ごうとした。

    ……先生を殴ったのは、あれが初めてだった。

    それからというもの、塾が終わると居残りのようなものをしていた。

    …ということだ。



    「―――よし、正解。大分よくなってきたな。」

    「…はぁ。」

    生返事をする。

    そんな気はあまりしなかった。

    「もう時間も遅いから…そろそろ終わるか。続きは次回な。」

    「はい。」



    そんな感じで迎えたクリスマス。

    当然、そんな浮ついたもの、という母の言葉で、クリスマスはなくなった。

    いつもどおり、塾に向かう。



    そして、居残り授業。

    「―――よし。今までよくやったな。お前はそうは思わないかもしれんが、本当に三村は熱心だよ。…というよりは、わからないことを放置したくない、と言ったほうがいいかもな。」

    確かに。熱心と言われるよりは、そっちの方が近かった。

    「…さて、せっかくのクリスマスなんだ。今日は早めに終わろう。」

    そう言って、村辻が立ち上がる。

    「それから、これは俺からのクリスマスプレゼントだ。感謝しろよ?それ作るの大変だったんだからな。」

    私に、小さな箱を手渡す。

    「あ、開けても、いいですか?」

    「勿論。」

    にっこりと笑って言う。

    きれいに包装された箱を少し見てから、包装紙を丁寧にはがす。

    中から現れたのは、木箱だった。

    「俺はな、いろいろ作ったりするのが好きなんだ。例えば…シルバーアクセサリーとか、彫刻とか、裁縫も割とする。だから、お前にもやるよ。時間なかったから、作るの大変だったんだぜ?」

    これもそうだしな。と言って首にかかったネックレスのモチーフを見せる。なるほど、これは期待できそうだ。

    木箱のふたを開け、中を見てみた。

    中に入っていたのは―――



    小さなノート。



    「……へ?」

    これは、予想外だ。

    今までの前ふりは何?

    「その木箱も、俺が作ったんだ。」

    …ああ、そういうことか。

    落胆しつつ、中のノートを見ると、文法などがわかりやすく書いてあった。

    「受験当日まで、しっかり使ってくれよ。」

    屈託のない笑みを浮かべる村辻。

    それに対して、私は口を少しつりあげただけの、引きつった表情しか浮かべることができなかった。



    「……はぁ。」

    期待するんじゃなかった。

    帰り道で、何度もそう思った。

    『その木箱も、俺が作ったんだ。』

    紛らわしい。

    どれだけ期待させるんだよ。

    「…まったく…」



    まあ、

    宿題を渡されるよりは、マシか…



    そう思いつつ、木箱を手で弄ぶ。

    「ん?」

    なんだろう。何か不自然な隙間が底面にある。

    箱の中を見ても、そんなものは見当たらないのに。

    「……からくり?」

    箱の中から外へ、底の部分を押してみる。

    何故か、動いた。

    やっぱり、仕掛けがあったんだ。

    二重底になっていた。

    そこから、何かが滑り落ちる。

    あわてて受け止めると、それはシルバーのネックレスだった。

    それも、私好みの。

    「……わかりにく…っ!」

    思わず、笑みがこぼれる。




    ささやかなクリスマスの想い出。