そして迎えた10月31日。
あの日の予想は当たり、私は吾九汰くんとふたり、景品交換所まで来ていた。
「…ここだな」
「み、みたいだね…」
とても、景品交換所とは思えぬ外装だ。
そこにあったのは、洋風の大きなお屋敷だった。
「……引き返すなら今だぞ」
確認するかのように、吾九汰くんが訊ねる。
正直言うと、怖いし帰りたい。
けど。
「…えぇい! 女に二言はないっ!」
「お、おう…」
いきなり声を張り上げた私に、吾九汰くんは驚いたようだった。
しかしそれも一瞬のこと。
私たちは目の前の洋館へと、足を踏み入れた。
カツ、コツ、カツ、―――と館に響く足音。
今更だが、ヒールのあるものではなく、スニーカーか何かにしておけばよかったと後悔をする。
自分の靴音だとわかっていても、気味が悪いのだ。
外から見たとおり、館内も十分広かった。
玄関ホールも奥行きを感じさせるものだったし、造りも凝っていていかにも豪邸といった感じだった。
ただ……
「…幽霊とか、でたりしてな」
「や、やめてよ…!」
玄関ホールに吊り下がっているシャンデリアにしても、廊下にある灯りにしても、そのどれもが消えているのだ。
そのおかげで館内は薄暗く、気味の悪いものになっていた。
「お、おい。あそこに人……」
「きゃああぁぁ!」
「…の形の彫像があるぞ」
「………い、意地悪!」
吾九汰くんの腕を軽くたたく。まったく、寿命が縮んだかと思った……
「つか、人でビビんなよ」
「だ、だって…白かったし」
そこにあったのは大理石の彫像だった。
ミロのビーナスやダヴィデ像などの子供版といったところか。
「…にしても、変な彫像だな。これ」
「え? そうかな……」
まだ幼い少年が、あどけない笑顔を浮かべている像だ。
どこにも変なものは見当たらなかった。
「…うーん、どのへんが変なの?」
「んー……なんつーか、なんか変なんだよな…うまく言えないんだけどさ」
「ふうん……?」
うーん、と唸りながら彫像に近づく吾九汰くん。
そしてしばらくして、ああ、と声を漏らした。
「なに?」
「…そうか……目だ」
「目? …目が、どうかしたの?」
笑顔で細められているものの、その目は閉じてはいなかった。
「…あ……」
「そうだ、目に、透明な何かが埋め込まれてるんだ」
確かに、変かもしれない。
なんだかやけにリアルで、気持ちが悪い……そんな彫像だった。
「…こいつ、入り口の扉の方を見てるんだな」
「ほんとだ。…なんか、嫌だね……」
まるで、私たちを迎え入れているかのようだ。
…もしくは、獲物を逃がすまいとしているのか。
「……と、とにかく、移動しない?」
背中にうそ寒いものを感じて、私は吾九汰くんに言った。
「そうだな。さっさと景品とやらをもらって帰ろうぜ」
そう言って吾九汰くんは玄関ホールから向かって右側の扉を開けた。
ぎ、ぎぎぃ……という気味の悪い音の直後、扉の隙間から光が漏れ出すのを見て、私は少しだけ安堵する。
部屋の中も広々としていた。床には赤い絨毯が敷かれており、高級そうな家具が置かれている。
どうやら広間のようだった。私たちのほかにも何人かの人がいた。
まだ幼い、小学生くらいの子から、サラリーマン風の人まで、様々だ。
「…ほんとに、お金持ちの家みたいだよね……」
私がそう呟いた時、広間にいた人たちの視線が一斉にこちらに向いた。
「君たち、いつ来たんだっ? 扉はっ!?」
中年のおじさんが詰め寄ってきた。
「と、扉…?」
意味がわからず立っていると、中学生くらいの男子が横をすり抜けて行った。
「玄関ホールの扉だよ! もしかしたらまだ……!」
「ど、どうしたんですか?」
まったく意味がわからない。
なぜそんなことを訊くのかと問おうとすると、後ろからガチャガチャという大きな音がした。
「な、何っ?」
私の問いに答える者はなかった。
少ししてから、先程の中学生が広間に戻ってきた。
「……やっぱりダメだ。あんたらが言ってたとおり、オートロックなんだろうな」
「え……?」
嫌な予感がした。
私は急いで玄関ホールへと向かい、扉を開けようとする。
…しかし、扉は開かず、ガチャガチャという音がむなしく響くだけだった。
扉を見てみても、鍵も鍵穴も見当たらなかった。
「どうして……?」
絶望的な気分だった。
つまり、私たちは……
「閉じ込められた、ってことかよ……」
「…それじゃあ、あなた方も…?」
「ええ。…確かに胡散臭いとは思いましたが、まさか閉じ込められるとは思ってませんでしたよ」
穏やかなサラリーマン風の人は、
……これは、吾九汰くんといい勝負かもしれない、ともらった名刺を見ながら思う。
「…振り仮名がなかったら、女の人みたいですね」
咲弥、だけみると、「さや」とも読めるのだ。
「ええ、なので名刺には必ず振り仮名をふっておくんですよ」
言いながら苦笑する和泉さん。
「ったく…だから俺は反対したのによ…」
私たちと同じ、高校生くらいの男子が呟くように言った。
「すまないね。僕のせいで…」
「…別に兄貴を責めるつもりはねぇけど、お人よしすぎなんだよ。今日のだって『景品を渡す人を待たせてたら悪いし』って言うから渋々ついてきたけど…」
…確かに。
っていうか、責めてるような気が…
「えっと、弟さんですか?」
「ええ。僕の弟で、
「……どうも」
軽く頭を下げる蒼夜。
もっとひねくれてるかと思ったが、そうでもなかった。ただ単に、兄想いなだけのようだ。
「もしかして君たちも高校生?」
「はい。……君たちもってことは、やっぱり…」
「蒼夜も、高校生なんです。2年だったよね?」
「…ああ」
年上だったか。
「私たちは1年なんです」
「そうか、じゃあ後輩ってことになるのかな」
「…別に、1年違うくらいじゃ大して変わんねぇよ」
よかった。権力を振りかざすタイプの人ではないみたいだ。
少しは好感が持てる。
あまり好感が持てないのは……こっちか。
地元中学の制服を着た、女子。
さっきから一言も喋らず、ソファに座って読書に耽っている。
「えーっと……こ、こんにちは」
「……………こんにちは」
挨拶ひとつでこんなに間が空くとは…
「な、名前教えてくれる?」
何故私はこんなにも低姿勢なのだろう…
「…………」
「…………」
「…………」
無視ですか。そうですか。
「……秋飛」
「へ?」
「
「へ、へぇ…秋飛ちゃんかー…」
「…………」
「…………」
は、話が続かない……
と、そう思ったときだった。
広間の扉が、開けられた。
「…!」
ぎいぃぃぃ…と軋む扉。
その向こうに立っていたのは、燕尾服を着た青年だった。
他に特徴と言っていいものが見当たらない、ごく普通の、どこにでもいる青年。
否、ただひとつ、普通ではない点を挙げるのならば……
その青年の目は、死んでいた。
笑顔を浮かべているのに、目だけは何の感情も映さずにいた。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。景品をお渡ししますので、どうぞこちらへ……」
「すみませんが、あなたは……?」
「申し遅れました。私は当家の執事の
「白雷ぃ? 外人みたいな名前だな…」
そう言ったのはあの中年のおじさんだった。
確か名前は……
「…この名は、お館様から頂いたものです」
「へえ…? じゃあ本当はなんて名前なんだ?」
「……わかりません」
「何…?」
「私には、幼いころの記憶がありませんので…」
「そ、そうか……」
途端に、谷角の表情が曇る。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思っているのだろう。
「では、どうぞこちらへ…」
白雷の声が、広間の中に怪しく響いた。