「ぐっ……くそっ!」
「……すまんな、上総。お前が悪いわけではないんだが…」
「…どうして、殺さないんですか…?」
上総は、撃たれた右足を押さえながら問う。
「俺をここで殺せば…裕さんは警察に捕まらずに逃げることができる。違うんですか?」
「…お前を殺す気はない。……長いことお前と組んでるからな…情が移ったようだ。」
裕はポケットに手を入れ、何かを取り出した。
手を広げ、その何かを上総に見せる。
「……爆弾の、起爆スイッチだ。ロックを解除し、ボタンを押した瞬間に爆弾が爆発する仕組みだ。」
冷静な口調で裕は言う。
「ま、待ってください!今それを押したら…!」
時間的に考えて、籐野たちは既に仮設警察署についているところだろう。
そうなれば、壊滅状態になるのはわかりきったことだった。
「すぐには押さん。まずは、お前に止められないようにする。」
裕は懐から注射器を取り出した。
「安心しろ。ただの麻酔だ。」
「や…やめろ!」
右足を引きずりながら、裕から離れる。
だが、足を撃たれている以上動くのも辛く、追いつかれるのは明らかだった。
そして、背中に壁が当たる。
「…もう、逃げ場はない。」
上総の足では、逃げられない。
それでも裕の手を払った。
「……すまんな。」
そう言うと裕は上総の鳩尾に一発、膝蹴りを入れた。
「かっ……は!」
思わず前のめりになる上総。
そこに、当身を食らった。
「う……」
そのまま、床へと倒れこんだ。
裕は麻酔を打つ。
先刻自分が撃った右足に。
「……本当に、すまない……」
裕は上総を寝室に連れて行き、片方の手首に手錠をかけると、近くのパイプに通してからもう片方の手首に手錠をかけた。
これで、動くのは困難になる。
念の為に足にも手錠をしておく。
「………………紗鳥……」
妻の名を口にする。
午後7時50分。
上総は目を覚ました。
「ゆ、裕さん!どういうことですか?!」
手足にかけられた手錠を見て、近くの椅子に座っていた裕に問いかける。
「早く外してください!」
「駄目だ。」
いつもと同じ冷静さだった。
後10分しかないというのに、自分はこのまま見ていろというのか。
上総は焦った。
早くしなければ…間に合わなくなってしまう……
本部に連絡をしようにも、携帯電話は裕に奪われている。
マイクとイヤホンも、外されていた。
「……なんで、こんなことするんですか…」
「………どうしても、すぐに金が必要だった。」
「あなたも……金で雇われていたんですね…」
裕は無言で頷いた。
「…何故、必要だったんですか?」
裕ほどの人が大した意味もなくそんなことをするとは、どうしても思えなかった。
「妻の…紗鳥の治療費だ…」
「治療費?」
「紗鳥は…精神病患者なんだ。それも、末期の…」
「それで、それを治すために…?」
「……そうだ。」
話を聞くと、その病気はかなり治すのが難しいとされるらしかった。
そして、最新の技術でならそれが治せるということも。
世界で唯一人、その技術を持つ人物に、治してもらうためには、大変な金額が必要だった。
そう裕は言った。
「でも…紗鳥さんは、人の命を奪ってまで、治してほしいと言ったんですか?」
「…俺の独断だ。だが…もう、戻れないんだよ。ここまできた以上は……」
そろそろ8時だな、と裕が呟いた。
上総は必死で手錠を外そうとする。
しかし、どうしたって鍵がなければあかないのだという事は、上総自身もよく知っていた。
「7時58分。これで俺の話は終わりだ。何か言いたいことは?」
裕が静かに言った。
「…あなたは、どこまでかかわっていたんですか?」
「……俺がかかわってたのは、この…4件目からだ。それ以前は知らない。」
「もう1つ。あなたは…まだ人を殺していないですよね?」
「……ああ。それは確かだ。まあ、俺が言っても説得力に欠けるがな。」
少しだけ裕は苦笑する。
だが、それも一瞬だった。
「7時59分32秒。33、34、35、36……」
裕がカウントダウンを始めた。
そして、起爆スイッチのロックが解除された。
「43、44、45、46、47……」
「裕さん!」
上総が叫ぶ。
「……最後にお前と組めて、よかったよ。」
裕は笑みを浮かべた。
それはどこか寂しそうで、悲しい笑みだった。
「56、57、58、59―――」
かち。
ボタンの音。
そのすぐ後に、そう遠くない場所で、爆発音がした。
上総は、止められなかった。
裕も、爆発も…………
上総が何も言えずにいると、裕は何処かへ行ってしまった。
それ以降、裕を見た人物はいなかった。
あれから7年の時が過ぎた。
裕はまだ、帰ってきていない。
そしてとうとう、今日。
裕は“死んだ”。