「トリック・オア・トリート!おとなしくお菓子をよこしやがれーっ!」
「頼むからその言葉遣いはやめてくれ…」
俺はそう言うが、勿論言ってやめてくれる筈もないだろうと思っていた。
目の前に立つこいつ、相田 光は、俺を従わせることはあっても、俺に従うことはないのだ。
光とは中学の時3年連続で同じクラスになり、親しくなった。
…というよりは、こいつがやけに絡んできて、俺が諦めただけというか。
まあ、高校は別だから、あんまり会わなくなるんだろうな、と思っていたが、まさか高校生にもなってハロウィンだと言って押しかけてくるとは思わなかった。
因みに、言っておくが光は女だ。
「何を言う。これは私のアイアンティティなんだぞ!」
「…アイデンティティな。」
「あれ。」
微妙にボケていた。
「…で、何の用だ?」
さっさと本題に入りたかったのでそう言ったのだが、光はこれでもかと言わんばかりに顔をしかめた。
「む。お前、私の話を聞いてなかっただろ。」
「…いや、聞いてたけど…」
「…そうか、じゃあボケが始まったのか、そうかそうか。」
一人で勝手に納得された。
「別に、ボケてねえよ。」
「いや、ボケてるね。その歳で既に健忘症だとは…」
「違うっつの。」
「なら何だって言うんだ!全然駄目じゃないか!もしかしてあれか、ご臨終か!」
もう意味がわからない。
「よし、私が悪かった!だからこれからはお前に敬意を表して、「おじいちゃん」と呼ぶことにしよう!」
「どこら辺に敬意を表してるんだ?!つか今普通に「お前」って言っちゃってたし!」
敬意の欠片も見られねえ。
「おい、じじい!私が最初に言ったことを思い出しやがれ!」
「しかも扱いが酷くなってる!?」
実はお前、敬意って言葉知らないだろ。
お年寄りは大切に。
…………あ。
唐突に思い出した。そうだ、こいつはハロウィンの取り立てに来たんだった…
「…む、思い出したか。」
「まーな。」
「よかったなじじい、脱・健忘症だ!」
「脱したならせめてじじいはやめてくれ…」
「おいじじい!お前は客に対して茶のひとつも出せんのか!」
「だから、なんで上から目線なんだよ?!」
つか、お前がほしいのは茶じゃなくて菓子だろ。
それより、玄関先で話してて、茶も何もないと思うんだが…
…言っても無駄なんだろうな。
「ふむ。そろそろ飽きたし、本題に戻るか。」
「飽きたって…」
マジでお前何しに来たんだよ。
「む、また忘れたのかこの健忘じじいは。」
「だから、じじい言うな。同い年だっつの。」
「健忘は否定しないんだな…」
…哀れみの目を俺に向けるな!
「で、さっさと本題に入れよ。」
「ふむ、それもそうだな。いつまでも下僕で遊んでいられるわけじゃないのだからな。」
「待て、いつ俺が下僕になった。」
つか、何で「下僕と」じゃなくて「下僕で」なんだよ。
接続詞がおかしいだろ。
「まあそれはあれだ、深い意味はない。」
「…なんか裏がありそうで怖いんだけど…」
本気で下僕にする気じゃないだろうな…
「さて。トリック・オア・トリート!さっさとお菓子をよこしやがれーっ!」
「…悪い、ウチは菓子とか買わねえんだ。というわけでとっとと帰ってくれ。」
「…何?」
光の目つきが剣呑なものへと変わる。
それを見て、俺は本能で危険を察知した。
…これは、やばい。
「固形チョコレートを渡されたらキレてやろうとは思ってたけど、まさかないなんて…」
そういえば、こいつは固形チョコレート(所謂板チョコなど、固めただけのチョコ)を食べると、何故か発熱するらしかった。
因みに、それを聞いたときの会話がこれだ。
「…そういえば、お前チョコで発熱するんだっけ?」
「ああ、そうだよ。」
「何でだよ。」
「私に訊くなよ…だが、チョコレートに含まれるテオブロミンに興奮作用があるそうだから、そのせいなのかもしれないな。」
「へえ、詳しいのな。」
「因みにカフェインの量はコーヒーよりも少ないらしいぞ。」
「ふうん。」
「ショコラというのはフランス語だそうだ。」
「マジか!」
「多分な。」
「多分?!」
…我ながら、アホな会話だ。
と、現実逃避もそこまでだった。
「…ところで、トリック・オア・トリートという言葉の意味はご存知かな?」
「え?」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ、という意味なんだけど。」
「…待て、お前まさか…」
「トリートが駄目なら、トリックしかないよな…?」
「え、ちょ、まって…」
「ハッピー・ハロウィーン!」
「ぎゃーーーーーーっ!」
その悲鳴は、なかなか止まなかったという。
…どんなイタズラだったのかって?
それは恐ろしくて俺の口からはとても言えない。ご想像にお任せする。
ともあれ。
Have a good Halloween !