僕の片想いの相手の先輩は、とても嘘つきだった。
授業中の発言を除くと、殆どが嘘だった。
前に一度、どうして嘘をつくのか、と訊いたけど、
「え?私嘘なんて生まれてから一度もついたことないよ?」
と嘘で返されてしまった。
嘘かどうか確かめるには、一言、こう訊くだけでいい。
「先輩、女ですか?」
もし嘘なら、
「いや、男だよ。」
本当なら、
「当たり前でしょ。」
と返される。
正直、面倒くさくて仕方がない。
その面倒くさい彼女が、ある日ばったりと倒れ、入院した。
詳しい病名は聞いていなかったが、いわゆる「不治の病」というものらしかった。
その日から僕は、毎日彼女がいる病院へお見舞いに行った。
時々、彼女が
「毎日来てくれないと、嫌。」
(訳:毎日来てくれなくてもいいよ。)
と、何も知らない人が聞いたらちょっとわがままに聞こえることを言ってくれた。
入院してから、彼女の容態は比較的安定していて、「不治の病」なんて本当は嘘なんじゃないか、と思ったりもした。
だから、僕はお見舞いに行くたび、同じ質問をする。
「怖くないんですか。」
と。
そして、返ってくる答えは決まっていて、
「怖くないに決まってるでしょ。私を誰だと思ってるの。」
だった。沈んだ表情が、それが嘘だということを物語っている。
それを聞くたびに、「こんな時でさえ、本当のことを言ってくれないのか」と思ってしまう。
ある日、彼女の「不治の病」が、姿を表した。
その夜から、集中治療室に入ることが決まった。
彼女の容態が、急変したのだという。
もし、病が治らなかったとしたら―――
今日で、彼女と話すのは、最後になってしまう。
僕は、彼女と話す時間が、とても好きだった。
だから…できることなら、いつも通りに、していたいと思っていた。
明日になれば、また話ができる…
そんな風に思いたかったから。
「……琴田くん。」
琴田、というのは僕のことだ。
「なんですか、先輩。」
「もう、話すの、最後じゃないと思うけど…言うね。」
「………最後、ですか………」
「……私、琴田くんのこと……嫌いだよ。だから、嘘、つくよ。」
「…嘘?」
頷く彼女。
「今まで、本当に、ありがとう。毎日お見舞いに来てくれたの、琴田くんだけだったんだ。親も、忙しい人だから、毎日は来てくれなかった。だから、私本当に嬉しかったの。……ありがとね。」
「…先輩…」
「…面会時間、終了です。」
いつの間にか入ってきていた看護婦が、そう告げた。
僕は、何も言わずに部屋を出た。
数日後、彼女は亡くなった。
僕が聞いた最後の嘘が、最期の言葉になってしまった。
彼女がついた”嘘”。
それは、つまり真実。
だから、僕は………
あの、最期の”嘘”を、忘れない―――