(3年前)
4月16日
ひどい土砂崩れだった。
でもそれを喜んでしまっている自分がいる。
悲しまなければならない。自分本位になってはいけない。
それでも、心のどこかで期待してしまう。
これで、月子ちゃんが僕を見てくれるんじゃないか。
邪魔者は死んだのだ。
そんな囁きが、どこからともなく聞こえてくる。
こんなのは駄目だ。
月子ちゃんは傷ついているのに。
喜んではいけない。
いけないんだ。
4月20日
月子ちゃんが部屋から出てこなくなった。
彼の死を悼んでいるのだろう。悲しんでいるのだろう。
つらいのだろう。
なのに僕は、喜んで。
彼がいなくなって、月子ちゃんを支えられるのは僕だけなんだ。
僕が、月子ちゃんに寄り添うんだ。
つらさを、和らげてあげなきゃ。
部屋の外からでも、できることはあるはずだ。
4月22日
お兄さんの幹彦さんいわく、食事にもほとんど手を付けていないらしい。
月子ちゃんは泣いているばかりで、決して出てこようとはしない。
扉のすぐ向こうにいるのに、何もできない。
声をかけて、扉のこちら側で待つことしかできない。
無力。
5月18日
今日は少し元気そうな声だった。
「毎日来てくれなくてもいいんだよ」って言ってたけど、僕は月子ちゃんが元気になってほしいから。
少しでも、笑っていてほしいから。
このまま、元気になってほしい。
月子ちゃんの笑った顔が見たいよ。
6月10日
幹彦さんに、ご飯も手を付けてないと聞いた。
ずっと泣いている声だけが聞こえる。
何かに取り憑かれたような悲鳴や、言葉にならない叫び声。
何かあったのかな。
でもずっと部屋にいるのに?
どうして。話がしたい。
7月9日
顔が見たい。
話がしたい。
声が聞きたい。
出てきてよ、月子ちゃん。
8月29日
声をかけても力のない返事しか返ってこなくて、
このまま月子ちゃんが弱って死んじゃうんじゃないかって不安になって、
無理やり扉を開けようとしたら、月子ちゃんは金切り声で「やめて」って叫んだ。
そのあとは、「お願いだから、今はそっとしておいて、大丈夫だから」って。
大丈夫じゃないのはわかりきってるのに。
なにも大丈夫じゃないよ。
月子ちゃんがいなくなっちゃったら、何の意味もないのに。
僕は、何のために生きればいいのかわからないのに。
どうして出てきてくれないの?
お願いだから出てきてよ……
(2年前)
2月3日
また食事が減ってない。
食べないとほんとにしんじゃうよ。
6月10日
月子ちゃんはずっと謝ってたけど、そんなの構わない。
やっと。
扉が開いた。
6月18日
月子ちゃんは、なんだか綺麗になった。
つらい想い出がそうさせたんだろうか。
前より輝いて見える。
6月29日
工場勤務は、僕には向いてなかった。
だから、月子ちゃんを待つために辞めた時も、それ程迷わなかった。
でも、僕がその話をすると、少し月子ちゃんは悲しそうな顔をしてから、「それなら司祭の仕事はどう?」と言ってくれた。
司祭の赤城屋さんは御高齢だから、そろそろ次の人を探さないといけないらしい。
僕に務まるかな。
でも、月子ちゃんが勧めてくれたんだから、頑張らないと。
7月15日
僕は司祭を殺した。
赤城屋さんを殺した。
きっと僕も、次の司祭に殺される。
7月27日
司祭になんかならなきゃよかった。
こんなの知りたくなかった。
眼球信仰なんて真っ赤な嘘だった。
全て、イゴーロナクという邪神のため。
捧げられた眼球は、イゴーロナクの非常食だった。
司祭は邪悪な願いを叶えてもらう代わりに、一生イゴーロナクに尽くす従者だった。
そして次の司祭が見つかれば、生贄になるだけの存在だった。
僕の中にはイゴーロナクがいる。
僕の腕は、完全にイゴーロナクのものだ。
囁きが聞こえる。人を殺せ眼球を貪れ悪虐を好め身体を明け渡せ。
もう嫌だ。いっそ死んでしまおうか。
7月30日
八純家の地下には預言者がいる。
そう赤城屋に言われた。
「次」の支度ができたから、もう老ぼれはいらない。
そう赤城屋に言われた。
だから老ぼれは生贄に捧げろ。
そう赤城屋に言われた。
お前は最奥の間に連れて行くだけでいい。
そう赤城屋に言われて。
僕は真っ赤な血溜まりの上で、真っ赤になっていた。
僕が連れてきた預言者は、最奥の間のどこにもいなかった。
この世のどこにもいなかった。
心の中で、それを笑っている僕がいる。
僕はおかしくなったのかな。
僕が執行しなければ、イゴーロナクが月子ちゃんを食い殺すだろうなんて言われたら、やるしかないじゃないか。
月子ちゃんにだけは、気付かれたくない。
月子ちゃんだけは、傷つけちゃいけない。
次にアイツが狙うのが月子ちゃんなら、絶対に、月子ちゃんだけは守らなきゃ。
8月10日
教会の地下で、赤城屋の日記を見つけた。
土砂崩れを起こしたのは、あいつだった。
月子ちゃんがふさぎ込んだのは、あいつのせいだった。
でも僕だってそこに付け込もうとした。
僕にあいつを責める権利なんかない。
ただ、猛烈にむしゃくしゃして、ろくに中身も読まずに燃やした。
いい気味だ。
9月24日
この村でどれくらい人死にが出ているんだろう。
考えただけでぞっとする。
僕もいずれ、多くの人を殺さなきゃならないんだろう。
教会裏の墓地には、何も埋まってなんかいない。
埋められるはずだった遺体は、イゴーロナクの腹の中だ。
11月23日
悪ガキが備品室や僕の私室に入り込んだ。
引き出しの中まで見られなかったからよかったものの、これを1階においておくのは危険だ。
地下ならそう簡単には見つからないだろう。
燃やすことも考えたが、なんとなくやめた。
(1年前)
4月5日
月子ちゃんは綺麗だった。
だからこそ、他人の醜い嫉妬を向けられることもある。
仕方のないことだ。
綺麗な花には、どんな虫でも群がりたくなるものだ。
だから僕は殺虫剤を撒く。
虫のせいで花が弱るのは耐えられない。
仕方のないことだ。
当然のことだ。
僕が鞭を振るうのも、仕方のないことだ。
月子ちゃんを害する者は、僕が許さない。
6月12日
害虫は無尽蔵に湧いてくる。
気持ちの悪い醜悪で穢れた害虫なんて滅びてしまえばいいのに。
「お前は害虫だ」「汚らしい虫め」と罵り続けた。
泣きながら許しを乞う様は滑稽だ。
醜く地を這う様は痛快だ。
害虫は害虫らしく、もっと泣き喚けばいい。
8月10日
また害虫を捕まえた。
好奇心から、少し実験してみた。
片腕をイゴーロナク様に預け、害虫の身体を少しずつ食む。
苦痛に呻く女は僕の目を見ながら許しを乞うている。
許してなんかやらないのに、馬鹿だね。
面白そうだから、この女は解放せずにしばらく遊ぼうと思う。
8月15日
虫の一生はあっけないな。
もう少しもつと思ったのに。
(今年)
5月14日
害虫駆除で空腹を誤魔化してきたけど、そろそろ限界らしい。
どうしたら、効率よく食べ物を用意できるだろう。
事故か、災害か。