冷たい風が、俺の頬を撫でていく。
もうすぐ3月だとはいえ、日が沈めばやはり冷え込む。加えてこの雨だ。朝に比べれば随分弱まった方だが、雨がじわじわと体温を奪っていく。
去年はもう少し暖かかったような気がするのだが、気のせいだっただろうか。
後ろから聞こえてくる哉井の足音も、ぽつぽつと灯る街灯もまた、どこか寒々しかった。
……いや、それは俺が。
そこまで考えて、頭を振る。出来るだけ何も考えないようにと、俯きながら、歩く。
あの後双子は、二人だけにさせて、と目を伏せて言った。
そして振り絞るように、ごめんなさい、と謝ったのだ。
手を固く握りしめて、僅かに肩を震わせて。
謝る必要など、どこにもない筈なのに。
寧ろ――謝るべきだったのは、俺の方なのに。
結局俺は何も言えずに、声をかけてやることも出来ずに、双子の家を後にしたのだ。
「……桐さん」
後ろからの声に、振り返らずに足を止める。
それまでずっと黙って距離を置いてくれていたのは、哉井なりの優しさだったのかもしれない。
それまで聞こえていた足音が、止まる。
「よかったのかよ、本当に」
ゆっくりとした、落ち着いた声だった。もっと、責められるかと思ったのだが。
それでも僅かに、言葉には怒りが込められていた。
……当然、か。
「二人には、桐さんしかいないんじゃねえの」
「……だろうな」
「だろうなって……!」
「だが、事実を言ったまでだ」
「……ああ、そうだな。確かに事実だ。でも、あの子たちは母親に帰ってきてほしくてやってたんだろ。否定するだけしておいて、頼られたら『わからない』って……そんなの、あんまりだろ」
「じゃあお前は無駄だとわかってることをずっとやらせるのか」
「そんなこと言ってねえだろ! ただ他に」
「他にどう言えばいいって言うんだ!」
思わず声を荒げ、頭を抱えた。
「……悪い。八つ当たりだ」
「知ってるよ。そんなもん」
ため息混じりに、そんな声が後ろから聞こえてくる。恐らく、呆れているのだろう。
「哉井、俺はもうこれ以上誰かを巻き込みたくないんだよ」
「それも知ってる」
「幹藤のような目に、遭わせたくない」
「わかってる。だからって、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」
……双子にとって、信頼に足る人間は恐らく、俺だけなのだろう。
その人間に現実を突きつけられれば、たとえそれが事実であっても、簡単に傷付く。
俺はそれを、利用しようとしている。
「……最低だな」
呟いた声は雨にかき消されて、きっと哉井には届かない。
それでもいい。俺さえわかっていれば、十分だ。
ポケットから携帯を取り出し、双子に宛ててメールを作成する。
「謝るのか」
「……いや、違う」
完成した文章を哉井に見せると、呆れとも嘲りともつかない笑みを浮かべ、そっか、とだけ呟いた。
――ひとつ、当てがある。だが、うまくいくかどうかはわからない。だから、俺がいいと言うまで動かないでくれ。
傷付け、弱らせ、希望を見せてつけこむ。
本当に、嫌なやり方だ。
翌朝、久しぶりに遅くに起きた。時計を見ると、既に11時近くをさしていた。
思えばこの一週間、いろいろなことがありすぎた。意識していなくとも、疲れていたんだろう。
今日が休日じゃなかったら、遅刻していたかもしれない。
もう、ずっと前のことのようにも思えるのに、まだ5日しか経っていないんだ。
彼女――零に会ってから。
「……いい加減、テスト勉強もしないとな」
都市伝説のせいで進級できませんでした、なんてことになったら、たまったものではない。
……しかし。
「月曜から始まるっていうのに、見事に手付かずなんだが」
テスト週間が始まるまではそれなりにやっていたのだが、始まってからは授業以外ろくに勉強していないという始末だ。
睡眠時間を削って情報をまとめるよりも、勉強した方が建設的だったかもしれないと思いつつ、カーテンを開く。
雨こそ降っていないものの、すっきりとしない空模様だった。
まだ重い頭を軽く振り、顔を洗って遅い朝食をとる。その間に、休日中の予定を立てておく。
とりあえず、今までにそれほど悪い点は取っていないから、進級は多分大丈夫だろう。と思いたい。
だが、来年のクラス編成の関係で、あまり悪い点は取っていられない。進学するなら負担にならない国公立大学に行きたいのだ。
トーストを口に押し込んで、牛乳で流し込む。結局のところ、やれることをやるだけなんだが。
手についたパンくずを払って、両手を合わせる。寝坊した分も取り返さなくては。
しかし、そう意気込んだおよそ2時間後、哉井からのメールによってそれは阻まれた。
件名:助けて!
本文:桐さんごめん、数学教えて! 次赤点取ったらやばいんだって!
……あのやろう。