俺たちは、双子の家に来ていた。
学校前では、とても話せるような内容ではなかったからだ。
双子の家に着いたとき、俺たちを迎えたのは双子の愛犬のいぬごやだけだった。
「「いぬごやーただいまーっ!」」
「わんっ!」
例の如く、愛犬のもとへと駆け寄っていく双子。
ただ、以前とは違い、頭をひと撫でしただけで俺の方を振り返った。
先程までの無邪気な笑みではなく、全ての感情を内包した、あるいは全ての感情を失ったかのような表情で。
「……それで」
「キーリは何が訊きたいの?」
口にした言葉も固く、冷たいものだった。
まるで、金属のよう。
「……まず、最初にした質問に答えてくれ。『水神の神隠し』の情報源はお前たちだな」
そう訊きながらも、殆ど確信していた。
「水神の神隠し」の物語は、双子の経験と同じだったからだ。
しかし双子は押し黙ったまま、なかなか口を開かなかった。
「……違うのか」
不安になり、そう訊ねると、双子は顔を見合わせた。
ここへ来る前にそうしたように。
そして口にしたのは、予想外の答えだった。
「キーリ、それはね」
「違うけど、違わないの」
「……どういうことだ」
否定でもあり、肯定でもある。
双子の意図がわからない。
「確かに、『水神の神隠し』は公たちが遭った都市伝説だけど」
「彼海たちがその話をしたのは、警察の人だけだった」
「でも、いつの間にか噂が流れてて」
「名前までつけられてたんだよ」
「それからしばらくして、都市伝説がなかったことにされて」
「彼海たちは『水神の神隠し』の話をし始めたの」
だから違うけど違わないの、と声を揃える。
「……つまり、お前たちが話す前から、都市伝説になっていた訳か」
「「そういうこと」」
それはつまり、誰かが見ていたということだ。
あの、雨の日のことを。
あの日は、酷い雨が降っていた。
朝には晴れていたのにも関わらず、昼頃から曇り始め、夕方には土砂降りになっていた。幸い天気予報を見ていたため、雨に濡れることは無かったのだが。
帰り道を古垣と哉井との3人で歩いていて、俺はふと、用事を思い出して二人と別れた。
その直後のことだった。俺の前を歩いていた親子の傘が不自然に揺れ、かつん、と濡れたアスファルトを叩いた。
……ほんの一瞬の出来事だった。
その親の隣にいた子供たちと俺は、一瞬にして消えた母親を見たのだ。
それが、今から約1年前、双子と出会った日のことだ。
あの日以来、俺は双子と親しくなった。というより、双子が俺以外の他人に心を開かなくなったと言った方が正確なのかもしれない。
母親を失った双子が頼った警察にはまるで信じてもらえず、家族である父親には、本当のことを言え、嘘をつくなと言われ、挙げ句暴力まで振るわれたのだから。
誰にも信じてもらえず、父親は狂気に陥り、どうすることも出来なかったのだ。
俺にも、双子にも。
結局他の目撃者も現れず、双子の母の件は「失踪事件」として扱われることになった。
今もまだ、双子の母は見つかっていない。
……そう、無かったことにされたのだ。
都市伝説だけでなく、双子の母親の存在まで。
それは俺もよく知っている。忘れようにも、忘れられない。
……しかし。
「それにしても、何故今更広めようとした」
「「なんのこと?」」
「とぼけるな。部長に――都市伝説を調べている高校生にそれを教えたんだろう」
一瞬きょとんと顔を見合わせ、双子は左右対称に首を傾げた。
「だって」
「何か知ってる都市伝説はないかって訊かれたから」
「教えてあげただけだよねー」
「ねー」
ねー、じゃない。
本気でやっているのか、誤魔化しているのか。
恐らく、後者だろう。
「「…って言ったら、信じる?」」
「信じる訳ないだろう。ふざけてないでさっさと話せ」
仕方ないとでも言わんばかりの表情で、ため息をつきながら、はーい、と言う双子。
……ため息をつきたいのはこっちなのだが。
「キーリの言う通り今更なんだけど」
「でも、もしかしたらって思っちゃうの」
「……どういうことだ」
俺の問いかけに、二人は顔を見合わせる。
秘密を明かすときの、儀式のように。
「前、『無かったこと』にされたときは、公たちの遭った都市伝説は流れたばかりだった」
「つまり、広まる前に消されてしまった」
「だから、今度は公たちが、多くの人に広めるの」
「そうすれば、簡単には消せないし、警察だって無視はできない筈だもん」
「それに、知ってる人が聞いたら、何か情報をくれるかもしれないし」
「誰かが……助けてくれるかもしれないって」
「だから、都市伝説を調べている人間に話した方が都合がよかったのか」
「「そう」」
都市伝説を調べている人間に話せば、確かに喰いついただろう。
だが、そこに双子の誤算があったことも、また事実だ。
「「でも、うまくいかなかった」」
「調べている人間――先輩が他の人に殆ど話さなかったから、か」
少し目を伏せ、双子は頷く。
当たり前と言えば、当たり前の事だったのだろう。苦労して手に入れた貴重な情報を、そう易々と人に語る訳がない。
ましてや殆どの人が知らないのだから、尚更だ。
「だけど、諦めない」
「絶対に……お母さんを助けるんだもん」
いつだったか、誰かも言っていた。
強く信じ、努力をすれば、願いは叶うのだと。
そしてそれでも叶わなかったなら―――
『――に願え』
「!?」
「「キーリ?」」
「桐さん? どうした?」
なんだ。今のは。
誰の声だ。
あの、ノイズがかったような声は。
「どうしたんだよ、顔色悪いぞ……?」
「いや、大丈夫だ。少し……目眩がしただけだ」
「目眩って……それあんまり大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫だ。……気にするな」
あの時と、同じ感覚だった。
参成が、俺の影に触れたときの感覚と。
記憶の逆流と言ったか。あれに似ていた。
もっとも、あの時ほど酷くはなかったが。
「それより……だ。これ以上都市伝説を広めようとしても、無駄だと思うぞ」
「「……どうして?」」
双子の目が、僅かに細められる。
心なしか、声のトーンも落ちた気がする。
だが、教えておいた方がいいのだろう。二人のためにも。
「そもそも都市伝説は、ある程度の人間が知っていて、ある程度広まっていなければ都市伝説とは言えない。ほんの数人しか知らないようなことが『都市』伝説と呼ばれる訳がないだろう」
そう。この「物語」は、そこからおかしいのだ。
ある程度世間に知られていなければならない筈の都市伝説が、広まる前から「都市伝説」とされている。
本来ならばそれは、「都市伝説」ではなく「噂話」でしかない筈だ。
「にも関わらず、都市伝説として広まっている。これは何故か」
「誰かが、『あんまり広まってないけど、こういう都市伝説があるんだってー』って言ったんじゃねぇの?」
「じゃあ、何故『無かったこと』にされたんだ」
「えー……」
考え込む哉井に、俺は、確証はないが、と続ける。
「これには都市伝説が絡んでるんじゃないかと考えている」
「……どういうことだよ」
黙って聞いている双子の方を盗み見る。
双子は、睨みつけるように、あるいは食い入るようにこちらを見ていた。
「それほど広まっていないとはいえ、一度流れ始めた情報を『無かったこと』にするのは、言うほど簡単じゃない。たとえ口止めしたとしても、知っている人がいる限り『無かったこと』には出来ない筈だ」
「……つまり?」
「もし警察が『無かったこと』にしようとしても、世間的、あるいは社会的に『無かったこと』には出来ない。いや、その人の存在自体を消そうなんて事は、普通は考えもしないだろう。
だが、都市伝説が関わってるなら話は別だ。奴らなら……記憶もいじれるだろう。不可能ではない」
奴ら――参成なら不可能ではないだろう。
恐らく――零でも。
勿論、何のために、という疑問は残るのだが。
「そうだとしたら、いくら流しても無駄だ。流した先から消されてもおかしくはない」
なるほどねぇ、と感心する哉井の横で、双子は黙って顔を伏せていた。
一つの可能性を潰してしまったのだから、仕方のないことかもしれないが。
「キーリ」
「それじゃあ彼海たち」
「どうしたらいいの?」
「どうしたら、お母さんは帰ってくるの…?」
双子の口から発せられた声は、あまりにも悲痛なものだった。
……だが、言わなくてはならない。
俺には、
「わからない」
と。