放課後、担任の諸連絡が終わると、すぐに教室を出た。
こういう時、廊下側の一番後ろの席というのはいい。早く移動できる上に、気付かれにくい。
あまり足音を立てないように、人のまばらな廊下を急ぐ。
「桐さん!」
……やはり来たか。
前を向きながら、後ろに向かって言い放つ。
正直なところ、あまり構っている時間はなかった。
「哉井、俺はこの後大切な用事がある。先に帰っていろ」
「あの双子ちゃんのとこに行くんだろ?」
「違う」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
階段を下り、渡り廊下を早足で渡る。
「……俺も行く」
「駄目だ。お前は帰れ」
「嫌だ。帰らない」
「……………」
昇降口へと急ぐ足を緩め、止まる。
そして、俺は残酷な嘘をつく。
「これ以上俺に関わるな。……迷惑だ」
このまま、俺の問題に巻き込むわけにはいかない。
今まではよかった。操られたことはあっても、傷付くことはなかったのだから。
……だが。
これ以上は、まずい。
本能がそう告げている。それを無視してまで、哉井を付き合わせたくない。
もう誰も、傷付けたくない。傷付くのは俺だけでいい。
だから。
突き放す。言葉で、釘を刺す。そうしないと、確実に哉井はついて来るだろうから。
止めた足を、踏み出した。
その時。
「ばっかじゃねぇの?」
「なっ……!」
静かな廊下に、ため息とともに零れた言葉。
思わず振り返ると、そこには哉井が、殆ど見下すように立っていた。
呆れたように、片眉を吊り上げながら。
「桐さんさ、どうせ『これは俺の問題だ』とか考えてんだろ? 甘いね。これは俺の問題でもあるんだよ。だから、桐さんが関わるなとか迷惑だとか言おうと俺は桐さんについてくし、離れる気もねぇよ」
「………何故そんなに」
「何故? だから馬鹿じゃねぇのって言ったんだよ」
ぺたぺたという足音の後、後頭部に、ぽん、と手が触れる。
隣で哉井は、悪戯っぽく笑った。
「何年親友やってると思ってんだよ」
「…………すまない」
その言葉も気にせず、哉井はさっさと昇降口へと歩き出してしまう。
……まったく。
「敵わないな、お前には」
「ん? なんか言ったか?」
「いや。……行くか」
小走りで廊下を渡り、昇降口へ急いだ。
「「遅いっ!!」」
「え」
「裏門で待っていろと言っただろう。何故正門にいる」
これでは、たとえ哉井をうまく帰らせても、意味はなかったかもしれない。
……まぁ、今となってはどちらでもいいのだが。
「ちょ、ちょっと待ってよ桐さん。え、どゆこと?」
困惑したように、俺に問うてくる哉井。
……いや、困惑してるのか。
「「キーリに呼ばれて来たんだよっ!」」
声をそろえて二人――杁弥姉妹は無邪気に笑う。
「言っただろう。双子のところに行くのではないと」
実際のところ、なんということもない。学校が早く終わる双子の方を、こちらに呼んだだけのことだ。
「…そ、そういうことか。俺はてっきり桐さんが嘘ついてるのかと……ん? いやでも、双子ちゃんって俺らが通ってた中学に行ってるんだよな?」
制服に見覚えあるし、と言って双子を指さす哉井。
「で、桐さんは今朝のことを訊くために呼んだんだろ?」
「ああ」
「携帯で?」
「そうだが」
何を今更。
「いやいやいや! うちの学校携帯って禁止されてたじゃん! 駄目だろ持ってきちゃ!」
「いや、問題ない」
叫ぶ哉井を手で制するが、止まる気配はなかった。
「じゃああれか、校則が変わったのかよ!」
「俺たちがいた時と同じ筈だが」
「じゃあ何で俺らと違って」
「まあ落ち着け」
額に軽くチョップを入れ、静かにさせる。
……相変わらずマシンガントークだ。
「……お前も知っての通り、携帯電話の持ち込みは禁止だ。だが」
俺の言いたいことを察したのか、双子がポケットからそれを取り出し、哉井の目の前につきつける。
「防犯ブザーなら、問題ないだろう」
それ――つまり、防犯ブザー機能の付いた携帯電話を。
世の中便利になったものだ。
得意げに見せる双子とは対照的にぽかんとしていた哉井だったが、俺の方へ顔を向けると、お主も悪よのう、とでも言いたげな表情をしてみせた。
「……まぁそれはいい。それよりも」
今は、こちらの方が重要だ。
「『水神の神隠し』……情報源は、お前たちだろう」
そう双子を見据えると、双子は顔を見合わせた。
そして視線を俺へと移した。
双子の顔から、笑顔が消えた瞬間だった。