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長い長い旅が終わる。
閉ざされていた迷宮の出口が今、開かれた。
たとえその先に待つものが、地獄であろうとも。
人々は出口へと進むしかない。
そこに希望など、なかったとしても。
戻ルコトナド、許サレハシナイ。
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白雷が出て行ってから、10分ほどの時間が経った。
秋飛ちゃんが「様子を見てくる」と言って、広間を出て行こうとした。
「でも、もし『殺人者』に……!」
「大丈夫」
静かに振り返った秋飛ちゃんは、無表情でこう言った。
「『殺人者』は、もう誰も殺しはしないから」
「ちょっ…それ、どういう…!」
すべてを言い終える前に、秋飛ちゃんは扉を閉めてしまった。
追うことも出来ず、その場に立ち尽くす。
「……なんで、秋飛ちゃんが…そんなこと……」
そのとき、煉唐の言葉が脳裏を掠めた。
『ここには、悪意や殺意を持った被害者もいるってこった』
まさか。
「秋飛ちゃんが……?」
さあっ、と頭から血の気が引いていった。
もし、もしそうだとしたら。
「ゆ、雪野…?」
「…とめなきゃ」
「え?」
「吾九汰くん、手伝って! 秋飛ちゃんを止めないと!」
私は急いで秋飛ちゃんの後を追った。
急がないと…取り返しのつかないことになりそうで。
広間を出て、館内をぐるりと見回してみた。
けれどそこには既に誰もいなかった。
「……一体、どこに…」
「雪野! あれ……」
吾九汰くんが指をさすその先には、あの彫像があった。
あどけない笑顔を浮かべた少年の彫像だ。
「あれが、どうかした……」
言いかけて、はっとした。
入り口を見ていた筈の彫像の目が、例の仕掛けのある部屋を見ていた。
「もしかして…」
「誰かに、解かれたのか…?」
きっと、秋飛ちゃんだ。
カツ、カツ、カツ……
靴音が、広い玄関ホールに反響しては消える。
カツ、カツ、カツ。
扉を、開けた。
薄暗い部屋の中、昨日見ていた壁を見ると、大人が身を屈めてようやく入れるほどの穴が開いていた。
穴の奥には、ひたすら闇が広がっていた。
この先に、「お館様」が―――
パン。
「なっ…!」
「今の……銃声?!」
穴の奥から、確かに聴こえた。
まさか。
「行くよ、吾九汰くん!」
「お、おう」
部屋の明かりも点けずに、私たちは穴に入った。
「……う」
思った以上に、狭くて暗い。
こんなことなら部屋の電気だけでも点けておけばよかった。
「足許、気をつけろよ」
「うん……」
この通路、意外に長い……
「まだなの…? ………あいたっ」
ごん、という鈍い音と、頭の鈍い痛み。
どうやら、行き止まりのようだった。
「あれー…?」
どんどんどん、と壁を叩いてみるが、一向に動く気配がない。
もしかして、道を間違えた?
「うそー……」
がんがんがんがん。
がつっ。
「いっ……たぁぁ…」
何やら硬い突起物に当たった。
痛みに顔をしかめながら、叩いたあたりを手探りで探す。
「……あ」
あった。
…ドアノブだった。
「なんでこんな左に付いてんの…?」
「…取り敢えず、出てくれ」
少し苛立つ私に、吾九汰くんが冷静に言った。
扉を開けて外に出ると、紅い絨毯が敷かれた長い回廊が続いていた。
真っ暗な通路を通っていたせいか、ぽつぽつと灯る蝋燭の火でさえ少し頼もしく見える。
「走るぞ」
そう言って走り出す吾九汰くんの背中を追った。
どれくらい走っただろう。
屋敷の広さに、改めて驚かせられる。
そしてようやく扉が見えた。
「あれか…!」
吾九汰くんがそう言って、さらにスピードを上げる。
…やっぱり、スタミナが違う。
ばん、と開け放たれた扉。
その向こうに見えたのは――
車椅子の老人に、銀のナイフを突きつける秋飛ちゃんの姿だった。