「まず、あたしがおじい様の孫だと信じられない方の為に、『岸 文乃は呉羽 時重の親類である』と仮定しましょう。そうすると、いろいろと納得できる部分もあるのではないでしょうか。
例えば、どうやってこのお屋敷に入ったのか。簡単ですよね。おじい様に『入れて』と言うだけでよかったんです。」
「だとしても、こんなゲームの最中に孫を入れるかよ…」
「入れなければ、このゲームが始まらないんですよ」
「……それって、まさか……」
がしゃ、と手に持ったマシンガンを掲げる。
「あたしがおじい様に任命された、『殺人者』なんですから」
「………マジかよ…」
「これでわかりましたよね? あたしがどうしてこんなものを持っているのか。おじい様に任命されたから。そして任命された理由は、他の誰よりも信頼のおける者であったから」
私は小さく挙手した。
「でも、『殺人者』は白雷さんや…雪那さん、煉唐さんの中の誰かって……」
「言ってませんよ、そんなこと」
「え?」
「よく聞いてて欲しかったです、そこは一番重要なところなんですから。
白雷さんが紹介したとき、『この館の者たちを紹介させていただこうと思います』と言ってますし、ルール説明のときも『『殺人者』は1人で、この館の者です』と言ってます。
あの三人のうちの誰かが『殺人者』だとは、一言も言ってないんですよ」
「で、でも、その時…他にはいないんですかって聞いても、いませんって…」
「ええ。『他に紹介するべき人は』いませんってことですよ。何せ、もうあたしはその時には自己紹介してますから」
「う………で、でも、文乃ちゃんが普通の参加者として参加してたら、執事の白雷さんや咲弥さんは気付く筈じゃ…」
「……雪野さん。着眼点は悪くありませんが、それは少し考えればわかる筈ですよ」
少し呆れ顔になりながらも、文乃ちゃんは説明する。
「まず、白雷さんですが、彼はあたしたちが広間で自己紹介をしていたときには、広間から出ています。
それにあたしは呉羽家当主の孫ですから、あたしに対しての対応は他の方とそう変わらないんです」
そっか、殆ど客扱いになるのか……
「雇う側と雇われる側な訳ですから、主従関係も一応ありますし。
次に、咲弥さんですが、彼はあくまで『この館に招待された客』で、『この館の執事』ではないんですよ。
すなわち、咲弥さんが『お前は呉羽 時重の孫だ』と言っても、何故そんなことがわかるのか、となってしまうんです。
それこそ……自殺行為ですよね。このゲームに参加者として参加した意味がなくなってしまいます」
これでおわかりいただけましたか? と文乃ちゃんが首をかしげる。
その言葉に、私はただ小さく、はい、と言うしかなかった。
「ですが…実の孫に、『殺人者』の役なんてさせますかね、普通……僕にはそこがわからないんですが」
「しょ、咲弥さん!?」
床に突っ伏したまま、咲弥さんは言う。
額に汗を浮かべて、肩で息をしていながらも、目だけはまっすぐ文乃ちゃんの方を向いていた。
……というか、止血しないと危ないよね。忘れてたけど……
「和泉さん。おじい様がこのゲームのことを言ったとき、不思議に思いませんでしたか?」
「……そりゃあ、思いましたよ。何故、こんなに時間が経ってからなのか、復讐を遂げたはずなのにどうして、と」
「悪く言えば、あたしが唆したからです」
すい、と車椅子の前へと移動して、咲弥さんの目の前で文乃ちゃんはしゃがんだ。
「『目には目を、歯には歯をですよ。おじい様は奥様を取られた悲しみを味わわせるべきです。ただ、久遠寺さんにはもう奥様はいらっしゃいませんから、娘さんを取るべきです』って言って。そうしたらおじい様は、快諾してくださったんです。とてもいい考えだと」
くす、と笑って立ち上がり、文乃ちゃんはこちらに背を向けたまま、言った。
「だから計画者も殺人者も、あたしなんです」
文乃ちゃんのくすくすという笑い声が、やけに大きく聞こえた。
「それなら……あなたを捕まえればこのゲームは終了する」
「秋飛さん」
背を向けていた文乃ちゃんが、くるりと振り返る。
「ご静聴、お願いします」
ぱん。
「っ!!」
「秋飛ちゃん!」
右肩を押さえてうずくまる秋飛ちゃん。
容赦も、躊躇いもなかった。
「駄目ですよ、秋飛さん。今はあたしが話してるんですから」
静かにしていてください、と困ったように言う。
「もうやめて! 文乃ちゃん、銃を置いて!」
夢中で叫ぶ私に、文乃ちゃんは呆れ顔で、
「だーかーら、静かにって」
ぱん。
「言ってるじゃないですかぁ」
発砲した。
「つ……っ!!」
熱い。
腕に掠っただけなのに。
熱い。
そんな私を無視して、文乃ちゃんは話し続ける。
「銃の出所は、まあ言うまでもないですけど、白雷さんは当然ご存知ですよね?」
「は、白雷、さん…?」
部屋を見回すまでもなく、白雷はいない。
しん、と静まり返った部屋の中、小さな舌打ちとともに、文乃ちゃんがトカレフを天井に向けた。
ぱん、ぱん、ぱん。
「いるのはわかってるんですよ。これ以上隠れるつもりなら、あたしのMG42がうなりますよ!」
鮮やかな手つきでトカレフをホルスターにいれ、がしゃん、とマシンガンを構える。
そして二度目の舌打ちで、文乃ちゃんは引き金に指をかけた。
「あたしの射撃の腕を知っていながら……どうなっても知りませんからね!」
だだだだだだだだだだだだ。
「あ、文乃…天井に穴が……」
「おじい様、天井の板、あとで交換してくださいね」
「あ、文乃……何を…」
「『ヒトラーの電動のこぎり』と呼ばれたこのマシンガンの威力、思い知らせて差し上げますっ!」
なんだろう、天井落とす気なのかな……この子………
だだだだ。
突然、銃声が止んだ。
かたん、と天井の一部が開き、スーツ姿の男性が降りてきた。
「地下の武器倉庫においていた、よく文乃様が使っていらっしゃった機関銃ですね」
「そうです。あたしの一番のお気に入り」
「は、白雷さん! ……って、ち、地下の武器倉庫…?!」
このお屋敷に地下室への階段なんてなかったのに……
「…雪野さん、ここにはどうやってきたんですか?」
「え? ………えーと」
「…そういうことか」
「え?」
隣で吾九汰くんが納得したように呟いた。
目で説明を求めると、吾九汰くんは、要するに、と説明を始めた。
「ここに来る途中、あの像の仕掛けを解いただろ? つまり、ここは『からくり仕掛けのお屋敷』だったってこと」
「から……ええ?!」
「……気付いてなかったのか」
呉羽さんの部屋に通じるからだと思ってたけど、他にもこういう仕掛けがあったんだ…
「つまり、仕掛けさえ解けば地下への階段も現れるってことだよ」
「そういうことだったんだ…」
「……そろそろいいですか?」
待ちくたびれたと言わんばかりの表情で、文乃ちゃんは言う。
「あ、はい……」
「では。そういう訳で、あたしは『殺人者』としてゲームに参加していたのです。
まず、第一の殺人。谷角さんの殺害は、とても楽なものでした」