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自己紹介が終わった後、あたしはトイレに行く振りをして広間を出ました。
問題は、谷角さんがどの部屋に入ったか、ということでした。
もしすぐに見つからなかったら、取り敢えず延期しようと思っていました。
けれど幸いにもあっさりと見つかりました。谷角さんは1階の部屋を探し終えて、2階へ向かおうとしていたのです。
気付かれないようにそっと後を追って、2階の突き当たりの部屋に入りました。
床に這いつくばっている谷角さんに、あたしは静かに話しかけました。
「抜け道、探してるんですか?」
「!?」
谷角さんは驚いたように目をむいて、あたしの方を見ました。
けれど、相手があたしだったからか、はぁ、とため息をついた後、そうだよ、と言ってがりがりと頭を掻いただけでした。
「これだけの人間を閉じ込める気なら、普通の建物にはしないだろ。それなら何か仕掛けでもないかと思ってな」
「…なるほど。それならあたしも手伝うのですっ!」
「お、おう、そうか……ああ、お前巻き込まれただけだもんな……」
むしろ巻き込んだ側ですが何か。
もちろんそんな事は口が裂けても言えません。
再び床を探し始める谷角さん。
大方、あたしが子供だから、安心していたのでしょう。
たとえこの子が襲い掛かってきたとしても、負ける訳がないと。
それがなんとなく気に入らなくて、あたしは戸棚の上に置いてあった花瓶をつかみました。
もちろん花瓶の中身はからっぽ。今日の、このゲームのために用意した殺人道具です。
けど、ただの花瓶じゃありません。見た目にはわかり難いけど、鉄でできてるから落としても割れないようになってます。
そして、これと同じデザインの、陶器でできた花瓶も、この戸棚に入っています。
殺した後で、それをその辺で割っておけばいっか、と思ってたのです。
つかんだ花瓶を、大きく振り上げて、頭をたたきました。
「いっ! な、何を」
「えいっ!」
「ぐっ!」
「とおっ!」
這いつくばってるのだから、体勢的に谷角さんの方が不利でした。
起き上がる間もなく、谷角さんは倒れました。
最後にもう一発だけお見舞いして、あたしは戸棚から出した花瓶と、ポケットから出したカードを放って部屋を出ていったのです。
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「その時初めて知ったことが二つありまして。ひとつは、人を殺すのって案外簡単なんだなってこと。もうひとつが……」
にっ、と笑って、
「知らない振りしてれば、案外バレないんだなってことです」
そう言った。
谷角さんを殺した後、秋飛ちゃんはすぐに広間に戻ったそうだ。
誰も気付かなかったということは、人を殺しても顔色ひとつ変えなかったということだ。
「しかし、ひとつ問題が起きました。それが……第二の殺人です」
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あたしは、次に殺すのは誰がいいか、考えていました。
真っ先に思い浮かんだのが、宝城 明でした。
彼は団体行動を好まないようでしたから、殺人のチャンスも多いだろうと思ったのです。
しかし、タイミングの悪いことに…彼はトラップにかかってしまったのです。
襲い掛かってくる甲冑。あたしの仕掛けたトラップでした。
仕掛け自体は簡単なもので、まず甲冑の手と、外開きの扉のドアノブを透明な糸で結んでおき、扉を開けば倒れてくるようにします。そしてその甲冑の手に、ナイフを握らせるだけでした。
ただあたしは、ゲームにちょっとしたスリルを加えてみたかっただけだったのですが、思ったより宝城さんの傷は深く、結果的には宝城さんを警戒させることになってしまったのです。
警戒されては、殺人のチャンスが減ってしまう。仕方なくあたしは、他のターゲットを探すことにしました。
どの人も、あたしとは体格差がある人ばかりでしたから、なかなか次のターゲットは決まりませんでした。
そんな時、予期せぬ事態が起こったのです。
第二の殺人、毒。
それを見たとき、あたしは酷く動揺しました。
どうして、あたしはまだ何もしていないのに、と。
いったい誰が、と。
さらに困ったことに、あたしが持っていた『殺人完了のカード』の予定では、『第三の殺人 毒』となっていたのです。
殺害方法がかぶるのは、あたしの美学が許さなかったのです。
ですが、どうすればいいのか……あたしの頭には、すぐにはいい方法が浮かびませんでした。
誰がやったのか、これからどうするか、それを考えていたとき、雪野さんが唐突に立ち上がって、あの追加ルールの話をしたのです。
願ってもいないことでした。
主催者を探すために、参加者たちがバラバラになる可能性が生まれたのですから。
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「…あたしは、その可能性に賭けるしかなかったんです。全員が一所に集まっていれば、あたしは手の出しようがありませんから。
そしてその夜、あたしは新しく『カード』を作り、蒼夜さんを殺害しました。彼がこれ以上動けば、あたしの命も危ない。そう判断して」
あたしも、本当に怖かったんですよ、と文乃ちゃんは苦笑する。
しかしそれも一瞬だった。
「もし誰かが起きていて、蒼夜さんの部屋からあたしが出るところを見られていたらと考えると…危ないところでした」
そう言った時には既に、文乃ちゃんの目には狂気が宿っていた。
「ですが蒼夜さんも皆さんもぐっすり寝ていましたから、抵抗されることもなく、無事に終わりました」
にこりと笑って、少女は私の目を見てこう言った。
「それでは雪野さん。今まで語られた物語から、このゲームの本当の姿を、お教え致しましょう」