2階に上がった私たちが案内されたのは、暗く、狭い部屋だった。
「…こちらです」
電気もつけないまま、私たちは部屋に押し込まれた。
窓からの僅かな光が、部屋を照らした。徐々に目が慣れてくる。
「えっ……!」
「こ、これ、は……」
「こちらが、その景品でございます」
目を凝らして、そこに置かれているモノを見た。
そのモノは、私のよく知っているものだった。
「……うそ……」
やはり、こんな怪しい手紙など、無視するべきだった。
何故なら。
「…先生………」
その景品は、私の母校、
「……なんで…先生が、こんな……」
足元で倒れている
「…この人、死んでるんですよね、白雷さん……」
「ええ。殺しましたから」
「!」
当然のように言う白雷。
あまりにもあっさりしていたので、危うく聞き逃すところだった。
「……殺した?」
「ええ。もっとも、私が、ではありませんが」
「じゃあ、誰が………」
「…………」
返事はなかった。
「ひとつ言えるのは、『これはお館様の意思である』ということです」
「お、『お館様』…?」
「………さて、景品も見ていただいたことですし、もう一度広間にお集まりください。少し説明をさせていただきたいと思います」
それから5分ほど経ち、私たちは再び広間に集まった。
「…皆さん、そろっているようですね」
そう言って白雷は現れ、例の死んだ目をこちらに向けた。
「では、始めさせていただきます」
ポケットから綺麗にたたまれた紙片を取り出し、読み上げる。
「『集まってくれて有難う。感謝する。私がこの館の主、
…さて、そろそろ説明に入るとしよう。
まず、この館に集められた…招かれた客は5人だ。その5人は、景品のことをよく知っていることだろう。
景品である彼…宮津君を知っている者の中から、抽選で選んだのだからな。運がなかったのだと諦めてくれ。
…何故自分たちが集められたのかと思っている者もいるだろう。それについても説明しておこう。
私が君たちをこの館に招待したのは、これから行うゲームには、ある程度の人数が必要だったからだ。
そのゲームに、先ほどの景品がかかわってくると、そういうことだ。もっとも、景品をプレゼントするのは1人だけだがな。
詳しいルールは後に白雷から聞いてもらうが、これだけは言わせてもらう。
ここが「交換所」だということを、忘れぬように。では頑張ってくれ給え』
…以上がお館様からのお言葉です」
白雷の説明が終わり、静まり返った広い部屋で、私はある引っ掛かりを感じていた。
『ここが「交換所」だということを、忘れぬように』
私たちは、一体何を差し出せばいいのだろう。
それとも、景品を受け取る者だけが差し出せばいいのだろうか……
「では、お館様のゲームのルールを説明します。ルール自体は簡単なもので、屋敷の中にいる『殺人者』を捕まえることができたら皆様の勝ち。捕まえることができなければお館様の勝ち、というものです」
「ちょ、ちょっと待てよ。それって…」
「質問は後ほどお願いします」
ぴしゃりと言う白雷に、谷角は仕方ない、とばかりに舌打ちをする。
「もし館から出たいのであれば、先ほどの景品をお受け取りください。受け取った時点で館から出る権利を得ます。それ以外の方には…館に残ってもらい、ゲームの参加者としてお館様のゲームに参加していただきます」
白雷はそこで、ここまでで何か質問はありますか、と訊いた。すかさず谷角が問う。
「さっき『殺人者』がどうとか言ってたが……あれはどういう意味だ? 本気で誰か殺すつもりなのか?」
「ええ。『殺人者』はお館様の意思どおりに動き、1人ずつ参加者を殺害していきます」
当然だと言わんばかりの口調だった。
しかし、今のでわかったことがある。
景品と交換するもの、それは……命だ。
この館に残る者の命と引き換えに、1人が景品を受け取るのだ。
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
「あの…もし、誰も景品を引き取らず、ここにいる全員が、その、殺されてしまった時には…どういう…」
「その時は…恐らく、私たちが景品を受け取ることになるのでしょう。もっとも、これはあくまで推測ですが」
そうか、決まっていないのか。
…まあ、そうだろう。
誰か1人ぐらいは、この屋敷を出ることを望むだろうから。
「それから、その『殺人者』は何人いるんですか? 実は『殺人者』は2人いたのですとか…」
「いえ、それはありません。『殺人者』は1人で、この館の者です」
……………
え、それ、大ヒントじゃん。
まあ、これでこの広間にいる人たちを疑わなくて済むわけだけど。
できれば仲間内を疑うことはしたくない。
「主なルールは以上です。この屋敷内の施設や部屋はご自由にお使いください。では、失礼します」
深々と頭を下げる白雷。反射的に私も頭を下げる。
そしてそのまま出て行くのかと思ったら、付け足すように言った。
「あ、言い忘れていましたが…皆様、どうかこれが『お館様のゲーム』であることを忘れずに…」
扉を開け、それだけ言い残して広間を出て行った。
「………悪いな、雪野」
「へ?」
突然話しかけられて、声が裏返った。
…恥ずかしい……
「俺が…行こうなんて言わなきゃ、来なかっただろ? こんな怪しいとこになんて。だから……」
「…ううん、いいの。それに、行くって決めたのは私なんだし、後悔はしてないよ」
「…そっか」
「うん」
「……あの、さ」
「なに?」
「何かあったら、その……俺が守ってやるよ」
頬をかりかりと掻きながら、吾九汰君は言った。多分、照れているのだろう。
「…うん…!」
こうしてゲームは始まった。
これから何が起きるのか、何も知らないまま。
白雷が広間を去ると、谷角は「やってられるか」と言ってどこかへ行ってしまった。
バタン、と閉じられた扉を見て、咲弥さんが言ったのは、
「一人行ってしまいましたが、自己紹介でもしませんか?」
だった。
反対する理由もなかったので、賛成する。他の者も反対はしなかった。
「では僕から。和泉 咲弥、大学3年生です」
「え、咲弥さんって大学生だったんですか?」
「? そうですけど……?」
「てっきりもう就職してるのだと…」
そうか、大学生だったんだ。
「ははは、よく言われますよ。サラリーマンみたいだって。」
苦笑しながら言うのを見ていると、ほっとした反面、罪悪感のようなものが生まれた。
実年齢より上に見られるのは慣れているのかもしれないけれど。
「弟の、和泉 蒼夜です。高校2年です」
軽く頭を下げる蒼夜先輩。
ん、いや、学校違うみたいだから『先輩』をつけなくてもいいのか?
だが、しかし……
「…久遠寺 秋飛。中学2年」
ストレートの長い髪に本。そして相変わらず必要最低限の言葉しか発しない女の子だった。
こうして見ると、退屈そうにも見える。
「
玄関ホールの扉を見に行った、あの中学生くらいの男子だった。
そういえば、秋飛ちゃんも明君も私の母校の弦山中学の制服を着ている。学校帰りだったのだろうか。
そして、最後の「参加者」。
「…え、えっと……き、
短めの髪を二つに結んだ子だった。この子は一目で小学生なのだとわかった。
何故なら、背中に背負っているのがランドセルだったから。
「えと、皆さん、が、がんばってくださいね!」
突然その女の子が叫んだ。
……がんばれって、応援された、んだよね?…今。
「あ、あのさ、文乃ちゃん。あなたもゲームに参加するんでしょ?」
「い、いいえっ! あたしは参加しないのですっ!」
びっくりするほど丁寧な言葉遣いで、否定された。
「え、だってここにいるってことは…」
「参加者、っていうことですよね……」
広間がざわつく。
「あ、あの、あたし、違うんです! その…迷い込んできちゃっただけなんです!」
……このあたりは、迷うような場所だっただろうか。
というより、勝手に家にお邪魔したら駄目だろう。
「迷っちゃって、困ってしまって、人もいないし他にお家もないしで、仕方なく…ここの家の人に道を訊こうとしたら…」
閉じ込められてしまったと。
……ん?
「ちょっと待って。それって、鍵は開いてたってこと? それとも開けてもらったの?」
「うーん……………はい、開いてました。」
「!!」
どういうことなのだろう。
それはつまり……
「オートロックじゃなかったの…?」
「…もしかすると、その『お館様』が操作していたのかもしれませんね。文乃さんを閉じ込めるために」
「な、なんでそんなことするんですか!」
「それは…まあ、参加者を増やしたかったのではないでしょうか」
「うう…そんなぁ……」
自分が参加しなくてはならなくなったからなのか、文乃ちゃんは床に座り込んでしまった。
「あ、あたし、まだ12才にもなってないのに……こんなとこで、こ、殺されちゃったら……泣くに泣けません…っ!」
……まあ、死んでしまったら泣けないのだから、当然だろう。
「まあまあ。文乃さん、頑張って犯人を…『殺人者』を捕まえましょう!」
にっこりと笑う咲弥さん。
本当は、自分も怖いはずなのに…
凄い。
「ま、どっちにしろ誰かが死なない限り、特定なんかできやしないけどな」
そう言ったのは、宝城 明くんだった。
「明君!」
「事実だろ?」
言いながら嘲笑する明くん。
「だからと言って……!」
「冷静になろうぜ和泉サン。ちょっと考えりゃ誰にでもわかることなんだからよ」
「…………宝城君」
声をかけたのは、あの、久遠寺 秋飛ちゃんだった。
まさか話しに入ってくるとは思っていなかったので、かなり驚いた。
そして何より驚いたのは、秋飛ちゃんの一言で、この広間にいる者全員が黙ってしまったということ。
何を言うわけでもなく、ただ名前を呼んだだけ。
それなのに、これほどの力を持つとは……侮れない。
「……ちっ」
明くんが広間を出ようと、扉に手をかけたとき、彼はこう言った。
「…最初に言っときますけど、俺、あんたらと馴れ合うつもりないんで」
ぎいいぃぃぃぃ、という音を立てて扉が開く。
再び扉が閉ざされたとき、私たちは互いに顔を見合わせていた。
空気は、最悪だった。