私は、割り当てられた部屋のベッドに横になっていた。
「……はぁ」
思わずため息が漏れた。原因はわかりきっている。吾九汰くんだ。
「ちょっと屋敷の中回ってくるから、お前は部屋で待っててくれ」
と言い残し、1人で行ってしまったのだ。
「…わかってないよ…吾九汰くん」
こういう時だからこそ、傍にいてほしいのに。
『殺人者』が、この屋敷の中をうろうろしているのだ。
怖くて、不安でたまらないのに。
吾九汰くんは行ってしまった。
もしかしたら、『殺人者』がやって来て、私を殺すかもしれないのに。
何せ、相手はこの屋敷の人間なのだから、鍵をかけたところで合鍵を持っているかもしれない。
そう考えると、とても安全とはいえない。
けれど、引き止められなかった。
…きっと、吾九汰くんは私を守ろうとしてくれているのだろうと思うと、止められなかった。
そんなことを考えていると、扉をノックする音が聴こえた。
「あ、はーい」
起き上がって扉の前に行き、ふと考える。
扉にはチェーンものぞき穴もない。
…もし、扉の前にいるのが『殺人者』だったら…
でも、返事をしたからには開けないと逆に怪しいよね…
「え、えーっと、どちら様…」
「伝言。和泉 咲弥さんが広間に来いって」
この声と言い方、秋飛ちゃんだ。
扉を開け、その姿を確認しようとする。
刹那。
ひゅっ
喉元に何か冷たく尖ったものを突きつけられ、身動きができなくなった。
何が起こったのだろう。
わからない。
混乱する私に、秋飛ちゃんの声が言う。
「気を抜きすぎ。私が『殺人者』であるという可能性を考慮すべき。詰めが甘い」
「え……そ、そんなこと言ったって、『殺人者』はこの屋敷の――」
「『お館様』が嘘をついていないという証拠がない以上、疑ってかかるべき」
「う……」
確かに、そうだ。
『お館様』がそう言っているだけで、それが本当だという根拠はない。
もっと言ってしまえば、あの白雷という執事がそう言っているだけかもしれない。
「…まぁ」
すっ、と突きつけられていたもの――金属製のフォークが、喉から離れた。
「私は『殺人者』じゃないから、殺さないけど」
「そ…そっか……」
もちろん、今の秋飛ちゃんの言葉も、信じることはできない。
もう誰も――信じられない。
「伝言、伝えたから」
「あ、うん。ありがとね」
秋飛ちゃんを見送って、私は広間へと向かった。
「あ、雪野さん。すみません、呼び出してしまって…」
広間に入るなり、咲弥さんは言った。
「いえ……あれ、皆揃ってるんですね」
「ええ。…もっとも、少し足りませんけどね」
そう言われて、広間を見回した。
…確かに、足りない。
屋敷を見てくると言っていた吾九汰くんと、挨拶もろくにしないで去ってしまった谷角。
馴れ合うつもりはない、と言って出て行った宝城くんもいなかった。
「それで、どうしたんですか? 急に…」
「こうして全員で同じところにいれば、安心かと思いまして…」
咲弥さんの言葉に、私は思い出す。
あの時白雷さんは「1人ずつ」参加者を殺していくと言った。
つまり、一度に全員を殺すことはない――はずだ。
そうなるとやはり、ここで一緒にいた方が安全なのかもしれない。
――だとしたら。
「あ、吾九汰くんも、呼んできます!」
1人でいた方が危険だ。
早く、早く呼びに行かないと――
「あっ、雪野さん! 僕も一緒に行きます!」
広間を飛び出して、1階を回る。
しかし、一部屋ずつ探してみても、吾九汰くんの姿はなかった。
「吾九汰くん! どこにいるの!?」
2階へと続く階段を駆け上がる。
その時だった。
「う、うわああああっ!」
この声は、と思ったときには、既に体が動いていた。
「吾九汰くん!」
間違いない。今の声の主は――
吾九汰くんだ。
必死で声のした方へと走る。
「吾九汰くんっ!」
「大丈夫ですか!?」
2階の突き当たりの部屋に、吾九汰くんはいた。
電気がついていないのでわかり難いが、どうやら書斎らしかった。
「………お、俺…」
座り込む吾九汰くんに声をかける。
「大丈夫? 怪我は?」
うまく言葉が発せないらしく、ただ首を横に振った。
「な、何があったんです?」
僅かに動揺しながらも、咲弥さんは問うた。
しかし、吾九汰くんは答えない。
少しの沈黙が、とても長く感じられる。
段々落ち着いてきた私は、妙な臭いに気づいた。
「し、咲弥さ……あ、あれ…」
「あれ…?」
ゆっくりと、吾九汰くんが指差す。
その先にあるのは、暗い暗い、濃密な闇。
この部屋の奥に、何があると言うのだろう。
「…少し、見てきます。ええと…電気は……」
「つけるなっ!」
「!」
鋭い声に、咲弥さんの動きが止まる。
「…あ、吾九汰君…?」
「…雪野に、見せたく、ない」
ゆっくりと、しかし確固とした意思を感じさせる言葉に、咲弥さんは頷いた。
そして、吾九汰くんが持っていた懐中電灯を取り、「お借りします」と言って部屋の奥へ行こうとする。
「咲弥さん…」
「大丈夫ですよ、雪野さん。確認してくるだけですから」
少しぎこちなく、咲弥さんは笑った。
それでも私は少しだけ安心した。
「雪野…外に」
「…うん」
吾九汰くんはゆっくりと立ち上がり、咲弥さんは部屋の奥へ進んでいった。
部屋の扉が、閉まる。
「…吾九汰くん、一体…何があったの?」
私の問いに、吾九汰くんは答えない。
「ねえ…何を見たの?」
「…………」
繰り返し問うが、やはり答えはない。
仕方なく、私は咲弥さんが戻るのを待った。
程なくして、部屋の扉が開かれた。
現れた咲弥さんの表情は、あの闇に取り込まれてしまったかのように、暗かった。
「…どう、でした……?」
「……や、……谷角、さんが……」
「え?」
「谷角さんが、殺されて…ました」
――こうして、悪夢のようなゲームが始まった。