「やっ、谷角さんが、殺されたんですかっ!?」
一度広間に戻った私たちは、蒼夜先輩と秋飛ちゃん、文乃ちゃんに谷角の死を話した。
「う、うん…そうみたい」
「殺人だという根拠は?」
静かに問う秋飛ちゃん。取り乱す素振りすらない。
そういう意味では、文乃ちゃんと秋飛ちゃんは対照的といえるかもしれない。
「え、えーっと…」
「これを見てください」
咲弥さんはそう言って、ポケットから1枚のカードを取り出した。
名刺くらいの大きさの白い紙に、明朝体の黒い文字が書かれている。
『第一の被害者 撲』
「ったく、ふざけたことしやがって…」
「あの…この、最後の一文字、なんですか?」
悪態をつく蒼夜先輩に、文乃ちゃんが素朴な疑問を投げかける。
「…それは、多分…撲殺の撲、だろうな。谷角さん、殴られてたんだろ? 兄貴」
「そう…みたいだ。近くに花瓶が落ちてたよ」
そう言った咲弥さんの言葉に、先ほどまでの明るさがない。
それだけショックだったのだろう。
「で、これがどうかしたんですか?」
「それなんですが…気になりませんか? この…『撲』という文字…」
カードに書かれた『撲』という字を指しながら、言う。
「殺害方法が最初から決まっているという可能性がある」
秋飛ちゃんは端的に言った。
「久遠寺さんもそう思われますか……僕も、それが気になっていたんです」
「でも…決まってても、あんまり…」
「考えられる一般的なものは、撲殺、絞殺、刺殺、毒殺、射殺等がある。あとは水死、凍死、も考えられる」
「あ、あと1つは、何だと思う…?」
「そこまではわからない。
「お、おうさつ…?」
全然聞いたことがないんですが…
「皆殺し、ということ」
さらりと言ってのける。
本当に、この子は中学生なんだろうか…
秋飛ちゃんは続ける。
「これらを参考にすれば、何か対策を練ることができるかもしれない」
「…対策っつってもなあ…」
眉根を寄せながら、うーん、とうなる蒼夜先輩。
そのしかめっ面が、ちょっと怖い。
「具体的に俺たちにできることって、何がある?」
「…………」
考えているのか、秋飛ちゃんは答えない。
その時だった。
「…皆様、お揃いのようですね」
「……白雷、さん…」
あの死んだ目をした執事が、音もなく現れた。
「白雷さん、谷角さんは…やっぱり」
「ええ。谷角様が第一の被害者です。谷角様の死をもって、このゲームの開催とさせていただきます」
事もなげに言う白雷。
「開催って…」
「そこで、この館の者たちを紹介させていただこうと思います」
入って、と白雷が扉に向かって言うと、2人の人物が入ってきた。
「こちらが料理人の
1人はコック帽をかぶり、もう1人はメイド服を着ている。
…なんというか、わかりやすい。
煉唐と雪那が軽く会釈をしたので、私たちもそれに倣った。
「…あ、あの、他の人は…」
「いません」
「え。…で、でも、これだけ広いお屋敷なのに…」
「彼らはとても優秀ですから。問題ありません」
白雷は、例の如くさらりと言った。
「…そういうことですので、ご用命の際はいつでもお呼び下さい」
それでは、と去ろうとする白雷たちを蒼夜先輩が止める。
「ちょっと待った。白雷さん、さっきあんたこう言ったよな。『皆様お揃いのようで』って」
「それが、どうかされましたか?」
「…ここにはあの中学生…宝城がいない。つまり、全員揃ったわけじゃない。これはどういうことだ?」
「……おや」
話を聞いていた白雷は、私たちを見て、そんな声を出した。
「おや、じゃ…」
「これは失礼……」
蒼夜先輩の言葉を遮って、白雷は言った。
…いや。ただ言っただけじゃない。
「それは、気づきませんでしたね…」
唇を歪め、邪悪な笑みを浮かべて、言ったのだった。
「てめぇ…宝城に何をしたっ!」
「そ、蒼夜先輩!」
「蒼夜!」
白雷の胸倉を掴み、今にも殴りかかろうとしている蒼夜先輩を、私と咲弥さんとで必死に引き離す。
「落ち着くんだ蒼夜。吾九汰君、久遠寺さん、文乃さん、館内を見てきてくれるかな」
「わ、わかりました」
突然名指しで呼ばれ、驚きながらも吾九汰くんたち2人は広間を出て行った。
「質問に答えろっ! 白雷っ!!」
「落ち着け!」
咲弥さんの制止も聞かず、叫び続ける蒼夜先輩。
今この手を離したら…と思うと、ぞっとする。
「私は、何もしておりません」
冷静に、何事もなかったかのような表情で、白雷は告げる。
どこか機械じみた声だった。
「それなら…それならどうしてっ!」
「もっとも、無事だとは言いませんが、ね」
「っ貴様!!」
「先輩!」
怒り狂う蒼夜先輩を前にしても、白雷は微動だにしない。
死んだ目で私たちを見据えるだけで、その目には既に何の感情も宿っていない。
私たちの手を振りほどき、拳を振り上げた。
「殺してやる…!」
「先輩!」
叫ぶ声も届かない。
拳が白雷に向かって振り下ろされる――
「和泉さん」
ぴたりと、蒼夜先輩の動きが止まった。
見ると、拳は白雷の顔の数センチ前で止まっていた。
開け放たれた広間の扉。私は声が聞こえてきた方をゆっくりと振り返った。
「あ…秋飛ちゃん…!」
「宝城君は、無事」
秋飛ちゃんがそう言った途端、蒼夜先輩は床に崩れ落ちた。
「は、はは、なんだよ……驚かせるなよな…」
そう言う先輩の顔は青白く、手は微かに震えていた。
秋飛ちゃんは続ける。
「ただし、無事といっても負傷している。手当をしなければならない」
「わかりました。すぐに行きます。…白雷さん、救急箱か何かありますか?」
「ええ、お持ちします」
そう言って白雷は広間を出て行く。
「…雪野さん」
「え?」
突然話しかけられ、声が裏返りそうになる。危ない危ない。
「救急箱を持って、宝城君のところに行ってあげてください。僕は蒼夜と…ここにいるので」
「…わかりました」
「咲弥様、お持ちしました」
「雪野さんに、渡してあげて下さい」
白雷から救急箱を受け取り、秋飛ちゃんとともに明君のところに急いだ。