「明くんっ!」
「雪野っ! こっちを手伝ってくれ!」
明くんの腕を押さえていた吾九汰くんが叫んだ。
押さえているタオルが赤く染まっているのに気がつき、私は急ぐ。
「明くん、大丈夫?」
「……別に」
そう強がってはいるものの、その顔は青ざめ、微かに震えていた。
「今手当てするから」
救急箱からガーゼと包帯、消毒液を取り出し、傷口を見た。
「……っ!」
その傷はかすり傷などではなく、思っていた以上に深い。
まるで、刺すのに失敗したかのような――そんな傷口。
「…まさか、刺されそうになったの?」
「多分…そうだ」
「誰に、やられたの? こんなこと…」
「………わからねえ」
消毒液がしみるのだろう。歯を食いしばりながら言った。
「あいつ……甲冑を、着てたんだ」
「甲冑?」
「2階の、一番手前の部屋に、立ってて…置物だろうと思った……」
そうしたら突然動き出したということか。
「でも、無事で本当によかった…」
「…無事なんかじゃ、ねえよ……!」
急に声を荒げて、明くんは言った。
「あ、明くん…?」
「広間で、あんたらが話してることを、聞いたんだ。あのおっさん、殺されたんだろ?」
「!」
「おっさんの近くに…カードが落ちてたんだろ……?」
「……あ………」
そうか。
だから明くんは、今も恐れているんだ。
「だったら、第二の被害者が俺だってことも、最初から決まってたんだろ…!」
「殺人者」に、殺されることを。
再び広間に戻ってきた。全員で集まっていた方が安全だろうと、そういう結論になったのだ。
しかし。
「…あれ?」
「咲弥さんと、蒼夜さんがいらっしゃいませんね…」
テーブルにティーカップが残されているだけで、広間には誰もいなかった。
お部屋に戻られたのでしょうか、と文乃ちゃんが呟く。
「見てくる」
静かに言って、広間を出る秋飛ちゃん。
「あ、私も行く!」
「秋飛ちゃんは、怖くないの? 殺されるかもしれないのに…」
二人の部屋に行く途中、私は秋飛ちゃんに問うた。
こんな状況におかれているのにもかかわらず、彼女はいたって冷静で、無感動だった。
だからこそ、聞きたかった。死が怖くないのかと。
「死は誰にでも訪れる。それが早いか遅いかの違いでしかない。私の場合はそれが早かっただけだと、割り切っている」
「でも……」
「だからといって、殺されるのをよしとしている訳じゃない」
「それ、どういう……」
「着いた」
秋飛ちゃんの言葉で、会話は打ち切られた。
さっきの言葉がどういうことだったのか気になったけれど、今は咲弥さんたちの方が心配だった。
目の前の扉を叩こうとして、扉がきちんと閉まっていないことに気づく。
一瞬躊躇ったが、ドアノブを握り、扉を開けた。
「……そ、蒼夜先輩!」
そこには、床に倒れこんだ蒼夜先輩の姿があった。
「先輩! 目を開けてください!」
「…脈はある。生きてる」
秋飛ちゃんの落ち着いた声に、安堵する。
「外傷もないから、このまま待ったほうがいい。揺らすと逆に危険な場合もある」
「そ、そっか……」
そう言われて、私たちは蒼夜先輩が目を覚ますのを待つことにした。
ぼんやりと部屋を眺める。
部屋のつくりは私の部屋と基本的に同じらしく、部屋に入って、向かって右側にベッドがあり、左に机、正面に格子付きの窓がある、シンプルな部屋だ。
どこも変わったところは……
「…ん?」
机の引き出しに、何かの紙が挟まっているのに気づき、引き出しを開ける。挟まっていた紙を見ると、どうやら手紙のようだった。…私たち、参加者宛の。
「秋飛ちゃん、これ…」
「……広間に戻ったら、読む」
素っ気ない。
仕方がないので一人で読んでみることにした。
……切ないなぁ…
『参加者諸君へ
ゲームを楽しんでいるだろうか。
一体何人が生き残れるのか…私は今から楽しみだ。
さて、君たちにいい知らせをしよう。
ひとつ、ルールの追加をしようと思うのだ。
とは言っても、君たちが不利になるようなルールではない。寧ろ有利になると言ってもいい。
そのルールとは…
「主催者を見つけ出した者は、「殺人者」に殺されない」
というルールだ。
全員で探そうが個人で探そうが、一向に構わない。
…但し、これには条件がある。
一番最初に見つけ出した者、一人に限り、このルールが適用される。
つまり、全員で見つけた場合、一番最初に私の部屋に入った者のみに、ルールが適用されるということだ。
健闘を祈るよ。
尚、この手紙を読んだ者は、必ず他の参加者にこのルールを教えること。
1時間以内に教えなかった場合、真っ先にその者を抹殺するので、そのつもりで。
主催者・呉羽 時重』
時計を見ると、もう6時だった。
ということは、7時までにこれを伝えなければならないということか…
…やっぱり、読まなければよかったかな……
「う……」
「あ、蒼夜先輩!」
倒れていた蒼夜先輩が目を覚ました。
「……ここ、は…?」
「蒼夜先輩と咲弥さんの部屋です」
「そう、か……兄、貴…そうだ、兄貴は?!」
「ひ、広間にはいませんでしたけど…」
「探さなきゃ…」
明らかに様子がおかしかった。一体何があったというのだろう。
「落ち着いてください。あの後、広間で何があったんですか?」
「……兄貴が、紅茶でも飲もうって言って…白雷さんに、淹れてもらったんだ」
「…白雷さんに…」
「それで…飲んでたら、急に…あ、兄貴が、倒れて…!」
「た、倒れたんですか?」
「ああ…そしたら、俺も…」
それで、ティーカップが置かれていたのか。
きっと紅茶の中に睡眠薬が入っていたのだろう。
そう納得すると同時に、ある可能性が脳裏を掠めた。
「咲弥さん…紅茶を飲んだとき、苦しそうだったりは…」
もし、紅茶に入っていたのが毒だったら…
「……だから、早く探さなきゃいけないんだよ!」
「え…?」
涙目になりながら、蒼夜先輩が叫ぶ。
「兄貴は…きっと、毒を…!」
「……!」
「雪野! 大変だ、谷角さんが…」
息を切らして部屋の前に来た吾九汰くん。
「ど、どうしたの? 血相変えて…」
「谷角さんの遺体が…なくなったんだ……!」
「どういうこと? 谷角さんの遺体が…なくなったって」
「2階の、一番奥の書斎…なんとなく気になって、広間にいたやつらと行ってみたんだ。そうしたら…」
「…なかったの?」
頷く吾九汰くん。
「それから…さ、その……」
なんだか気まずそうに、目を泳がせながら言う。
「どうしたの?」
「…ティーカップの、受け皿に……」
そう言って私に受け皿を渡した。
何か問題でもあるのだろうか、と思い、裏返したときだった。
あの禍々しい一文を見つけたのは。
『第二の被害者 毒』
「殺人者」による殺人の証。
やはり咲弥さんは…殺されたのだ。
「…広間に、戻ろっか」