重い沈黙が続く広間で、私は主催者からの手紙を読み上げる機会を窺っていた。
他の参加者たちは皆、それぞれが離れたところに座っている。
蒼夜先輩は向かって右側のソファでイライラした表情で頬杖をついているし、秋飛ちゃんは相変わらずの無表情で、窓辺の椅子に座って本を読んでいる。
文乃ちゃんは戸惑った様子で視線を泳がせながら扉の近くの椅子に小さくなっていて、宝城くんは怪我をした腕を押さえ、部屋の隅に立っている。
吾九汰くんは私の左隣で気まずそうな表情を浮かべている。責任を感じているのかもしれない。
ちらりと時計を盗み見る。6時16分、まだ時間はある。
しかし、誰ひとりとして口を開かない、この重い空気に耐えられなくなって、私は思い切って立ち上がった。
「あ、あの……!」
全員の視線が集中する。
それに気圧されながら、私は手紙を出した。
「主催者から……手紙が、あって…」
後半、消え入るような声になりながらも手紙を見せる。
「…主催者から?」
疑いの瞳を向けながら、蒼夜先輩は呟く。
ちょっと見せてくれ、と言う蒼夜先輩に手紙を手渡した。
「………………ふざけるなよ……!」
手紙を読むなり、蒼夜先輩は怒りで体を震わせながら、手紙を握りつぶした。
「あ、ああぁ……」
あまりの剣幕に、握りつぶす手を止められない。
「あの野郎…絶対許さねぇ……!」
復讐の色を滲ませた目に、どきりとする。
怖い。
目の前の一つ上の男性に、そんな感情を抱いた。
今までのどの表情とも違うその瞳。
明らかに、憎しみを抱いている。
私は初めて彼を恐ろしいと思った。
思わず目を伏せた瞬間、びり、という何かが破れる音が聴こえた。
顔を上げ、音のした方を見ると、蒼夜先輩が手紙をびりびりと破いていた。
「なっ……!」
そのままゴミ箱の方に向かおうとする先輩を引き止める。
「何してるんですか!」
「こんな手紙、捨ててやる」
「そんな…ふ、ふざけないでください! 私はそれを見せないと…!」
「そんなの、知るかよ」
「!」
憎しみや苛立ちのこもった瞳で私を睨む先輩。
思わず身を竦めると、その隙をついて蒼夜先輩はゴミ箱にそれを捨てた。
バラバラになった手紙が、ゴミ箱にあった。
「……酷い」
そう呟いた私に構わず、先輩は広間を出て行く。
「ど、どちらに行かれるんですか?」
丁寧な文乃ちゃんの問い。
「…主催者を捜して、殺す」
ぱたん、と扉が閉められた。
ゴミ箱の前で立ち尽くしている私の方に、吾九汰くんが近づいてきた。
「雪野、あの手紙……何が書いてあったんだ?」
呆然と扉を見ていた私はハッとする。
そうだ、私は伝えなければならないんだ。
あの、主催者からの手紙の内容を。
「皆さん、聞いてもらいたいことがあります。実は……」
「……そうか」
横目で時計を窺う。6時30分。よかった、間に合ったんだ。
「それで、どうするんだ? 蒼夜さんはもう捜しに行ったんだろ?」
「それは……」
正直、私だって死にたくはない。
けれど、私だけ助かるというのは嫌だ。
今生きている人たちだけでも…助けたい。
そのためには、どうすればいい?
考えるんだ。全員が助かる方法を……!
「…捜すよ、私。捜して…ゲームを終わらせるように、説得する」
「……できるのか? そんなこと…」
「わからないけど……もう、これ以上誰も死なせたくない」
「雪野……」
それが今私にできること。
だから。
「主催者を…呉羽さんを蒼夜先輩よりも早く見つけて、蒼夜先輩を止める」
そして、この残酷なゲームも。
終わらせるんだ。
「わかった。行こう」
「吾九汰くん…?」
「俺も手伝う。一人じゃ大変だろ」
「……うん」
私たちは扉の前に立つ。
「それじゃあ、行ってきます」
「き、気をつけてくださいね」
心配そうな文乃ちゃんの声に、私は笑って答える。
「ありがと。文乃ちゃんも気をつけてね」
「はい…」
私は頷いて、扉を開く。
絶対に、終わらせてみせる。
そう心に誓って、私たち二人は広間を後にした。
*
コンコン、とノックする音が聞こえて、「失礼します」という声とともに白雷が部屋に入ってきた。
「…白雷か。どうした」
「呉羽様、ご命令通り二人の遺体を『塔』に運び終えました」
「そうか。ご苦労だったな」
「いえ……」
口篭る白雷に、呉羽は疑問を抱いた。
「…どうした。何かあったのか?」
「その…呉羽様、以前からお訊きしたかったのですが…」
「なんだ、言ってみなさい」
「…呉羽様は、何故このようなゲームを…?」
「そのことか」
ふふふ、と呉羽は笑う。
「まあ、すぐにわかることだ」
「…呉羽様?」
呉羽はモニターに映る参加者たちの姿を見て、呟く。
「さぁ、もっと私を楽しませておくれ……そして知るといい…」
唇の端を吊り上げて、呉羽は邪悪な笑みを作る。
「…もうすぐだ。もうすぐ…私の望みは叶うのだ!」
そう言って呉羽は高らかに嗤った。
その声は白雷以外の誰にも届くことなく、消えていった。