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緋谷 隆志
紀藤 琉惟
簗瀬 紺
碧 空尭
4人の“物語”は終わった。
だが、すべてが終わったわけではない。
何故なら、
緋谷 隆志が書いた“物語”には、簗瀬 紺も知らない続きがあったからだ。
以下にそれを記そう。
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「………あ…れ……?」
目を開くと、そこは病室だった。
ぼんやりとした頭で、何かを考えようとする。
だけど、何を考えようとしたのかも覚えてない。
…いや、違う。
あたしは、何も憶えてないんだ……
「…どこだろ…ここ。」
「おはよう。」
声がした方を見ると、そこにはにっこりと笑った看護婦が立っていた。
「…あの……あたし…なんでこんなところにいるんですか?」
「……覚えて、ないの?」
「はい……」
「自分の名前は?」
「……思い出せないです。何も…」
看護婦は何かを言いかけたが、何も言わなかった。
「…そう。…あ、そうだ。お母さん呼んできてあげるから、ちょっと待っててね。」
そう言って看護婦は病室を出て行った。
いったい、なにがあったんだろう…
どうしてあたしは、なにも思い出せないんだろう…
なにか…大切なことだったような気がするのに……
なにひとつ、憶えていない。
「琉惟!」
いつの間にか病室のドアが開けられていて、そこに40歳くらいの女性が立っていた。
たぶんこの人が…あたしのお母さんなんだろう。
「…琉惟…大丈夫?お母さんだよ?」
「…ごめんなさい。思い出せないんです…」
「!」
あたしがそう言うと、目の前の女性の顔から喜びは消え、俯いてしまった。
「…でも、憶えていない方がいいのかもしれないわね…」
小さく、その女性がつぶやいた。
だけどあたしにはしっかりと聞こえていた。
「どういうことですか?いったい、なにがあったって言うんですか?!」
何も知らないもどかしさが、あたしを支配した。
それでも、女性…お母さんは何も言わなかった。
病室を出るときに一言、
「琉惟の傷が治ったら…どこか遠くに引っ越しましょう。」
そう言っただけだった。
あたしには、お母さんが言っていることがわからなかった。
どうして、と叫びたかった。
けれど…あたしは何も言えなかった。
それから一週間が経った。
あたしにとってその一週間は、本当にあっという間の出来事だった。
なんとか傷はふさがって、退院した。
それからすぐに、あたしたち家族は引っ越した。
何も、思い出せないまま……
**
緋谷 隆志。
彼が書く文章には、力があった。
書いた文章を、実現させる力が。
ただ彼はそのことを知らなかった。
だからこそ、彼は彼自身の親友を本当に失い、
彼自身も、本当に死んだ。
そして簗瀬 紺に殺人の罪を着せてしまった。
しかし、本当は彼は知らなかったはずなのだ。
紀藤 琉惟が、簗瀬 紺に殺されそうになることなど。
彼は“物語”にそんなことを綴ってはいないのだから。
簗瀬 紺が殺そうとしたのは、彼女自身が決めたことだったのだから。
では何故、緋谷 隆志は紀藤 琉惟が殺されかけ、記憶喪失になるような“物語”を書いたのか?
彼のいない今、私たちは想像することしかできない。
もしかしたら、あれは彼なりの償いだったのかもしれない。
彼が“物語”を書き終えた後、そしてその通りになっていくのがわかったとき、彼がその“物語”の続きとして後付したのかもしれない。
すべては、紀藤 琉惟が緋谷 隆志を思い出さないようにするために。
彼女の中から、緋谷 隆志という人物を消してしまうために。
そしてその“物語”は、本当のものとなる―――