ホールの扉を開くと、優貴が紅茶を飲んでいた。
「おや、どうしました?まだ6時前ですよ?」
優貴が微笑む。
少女は優貴の前に行き、もう1つの椅子に座る。
「優貴さんのこと、だよね。『六花』って…」
「え…どういうこと?」
沙紀が少女に訊く。
「『
「ああ…なるほどね。」
頷く沙紀。
「切り札、貨幣、カエサル…貨幣は、みんなを惑わすため?」
「ええ。よくわかりましたね。」
にっこりと笑う優貴。
「確かに、貨幣かなって思うけど、ちょっと意地悪だね。」
「はい。そうかもしれませんね。」
「切り札はトランプを表している。そうだよね?」
「正解です。」
「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
沙紀が2人を止める。
「トランプっていうのはもともと切り札を意味する言葉のことだった。でもそれが日本に輸入されたとき、その呼び名がそのままついちゃったんだって。だから、英語ではプレイングカードって言うみたい。」
「ぷれいんぐかーど…」
「だから、切り札はトランプ。納得できない?それならもう少し聞いていて。」
少女が沙紀に向かって言った。
「次にカエサル。カエサルっていうと、かの有名な「賽は投げられた」っていう言葉を残した人。……まあ、ちゃんと言うなら「ここを渡れば人間世界の悲惨、渡らなければわが破滅。進もう! 神々の待つところへ! 我々を侮辱した敵の待つところへ! 賽は投げられた!」っていう長いセリフなんだけど、それはこの際どうでもよくって、16世紀にパリで作られたトランプの絵柄に、使われてたのがこのカエサルって人らしいの。長くてごめんなさい。」
律儀に謝る少女。
「それで…?」
恐る恐る、沙紀が訊いた。
「その絵柄が使われていたカード。それが、ダイヤのK。」
「ダイヤの…キング。」
沙紀の言葉に少女は頷く。
「ダイヤはダイヤモンド、キングは王を表している。そうだよね?」
「ええ。合っています。」
優貴から笑顔が消え、なんともいえない複雑な顔になる。
「知者は…この場合は多分賢い人のこと。その人がカエサル、つまりダイヤのキングに願う。…優貴さん。ダイヤの王。そう考えたら、もう、私にはこれしか思い当たらない。」
王冠型の、ダイヤモンドがあしらわれたバッチを、軽くつまむ。
「愚者はピエロに乞う。…ジョーカーのことだよね。つまり、はずれ。」
「………………」
優貴は、目を閉じていた。
「だから、落ちる。トラップのことだよね。」
「そう、です……」
「…教えて。最後の、開かない扉の場所。六花はあなたでしょう?優貴さん。」
「わかりました。3階に向かってください。皆さん一緒に。そうすれば、バッチには発信機もつけてあるので音声で案内します。私がここから離れたら、他の方が気づいてしまいますから…」
「行こう。お姉さんたち。」
急いで、ホールを抜ける。
「……主人。ばれて、しまいましたよ、全て。…嗚呼、名前を聞いておくべきでしたね…こんなことなら。」
優貴は独り、天井を見上げる。
「……こんなことなら、もっと、早く……」
静かに、優貴は涙を流す。
誰にも、気づかれないように、静かに…
「…優貴さん。3階に着いたよ。案内を。」
「はい。では、そこからまっすぐ進み、突き当りを右へ。」
「わかった。…急いで!」
走る3人。
「次は?!」
「壁まで進んで、3回、床をノックしてください。」
行き止まりまで来ると、少女はしゃがんで、床を3回たたく。
すると、壁の隅が、扉のように開いた。
「そこに入ったら、すぐ、扉を閉めてください。」
「…閉めた。」
すると暗かった部屋に、明かりがともる。
「目の前の扉に、くぼみがあるので、そこにバッチを当てて回してください。」
少女はバッチをはずし、くぼみに当て、回す。
かち、という音がした。
少女は扉を開け、部屋に入る。
そして、2人もそれに続く。
部屋には、1人の老人がソファに座っていた。
「……よく、ここまで辿り着いたな…」
老人が、3人に向かって言った。
「え…あなたが、この屋敷の…?」
「ええ。私がこの屋敷の主、
勝彦が扉を閉める。
ソファから立ち上がり、杖をつきながら戸棚に行き、中から黒い箱を取り出した。
「これが、賞品のブルーダイヤモンドだ。開けて見てみるといい。」
沙紀が受け取り、箱を開ける。
そこには確かに、淡く輝く青い宝石があった。
「…これが本物であると言う証拠は?」
老人は目を細める。
「これが、証明書だ。どこかで鑑定してもらっても構わんよ。」
「確かに、賞品を受け取りました。」
沙紀はふたを閉め、そこから立ち去ろうとした。
そのときだった。
「ちょっと待てよ。それは無効だぜ。」
扉を開け、入ってきたのは瀧だった。
「じいさん。なんだか知らねぇが、これはあくまでゲームだ。ゲームにはルールがある。そいつはルール違反だ。」
眉間にしわを寄せ、瀧が言う。
「どうして、そう思うのかね。」
「誘導役は、ゲームに参加しないと言った俺と、そのお嬢さんが引き受けたんだ。つまり、参加していないやつが宝探しに参加しちゃ、ルール違反だろ?」
「……瀧さん。1つ、勘違いをしておられるようですね。」
「ゆ、優貴さん!」
優貴が、扉を開けて、そこで立っていた。
「ゲームに参加、していたのですよ。お2人も。」
「私たちが誘導役を引き受けた時点で、参加することが決定されていた。忘れたの?瀧…あの時優貴さんが、なんて言っていたか。」
『では、ゲームに間接的に参加するのは、いかがでしょう。』
「『間接的に』参加することを決めたのは、あなた自身でしょ?そういうことだよ。瀧。」
少女が言う。
「つまり、このダイヤは……」
「私のもの、ってことになるね。でも、私はその権利を放棄する。だから、そのダイヤはあなたたちのものだよ。お姉さんたち。」
「あ、ありがとう…」
少しの間、沈黙が流れた。
「あの…何故、あの問題が解けたのです?」
優貴が問う。
「簡単なことだよ。あれは昔私が解いた問題だったから……」
「あなたが?」
頷く少女。
「昔、おじい様に出された、意地悪な問題。だから覚えてたんだ。…そうだったよね?おじい様。」
目の前の人物、洲藤に言った。
「お、おじい様?!」
全員が、洲藤を見る。
「お久しぶりです。おじい様。」
少女がお辞儀をする。
口の端を持ち上げ、目を細める洲藤。
「ああ。久しぶり。…皆さんに、挨拶しなさい。どうせまたしていないのだろう?」
「はい。…改めて、自己紹介させていただきます。私は、
初めて、自分の名を名乗った少女。
「奏。お前は賢い。だから、もう私がこのパーティーを開いた理由も、こんなゲームをした訳も、わかるだろう?」
「はい。まず、ゲームをした訳は、私を試すため。私があの問題を、また解けるかどうか、試したかったんですね。」
「そのとおり。では、パーティーを開いた理由は?」
「……それこそ、簡単です。…お招きいただいて、ありがとうございます。おじい様。」
「…誕生日おめでとう。奏。」
洲藤が微笑み、奏は再び礼を言った。
「ちょっと待って。展開が速すぎて、ついていけないんだけど…」
沙紀が説明を求めた。
「洲藤 宋眞さんは、私の実の祖父。それで、今日は私の誕生日。パーティーは私の誕生日を祝うためにおじい様開いたもので、ゲームは私の頭脳レベルを測るためのもの。ってこと。」
「………なるほどね。よーくわかったわ。」
「…奏。誕生日のプレゼントがある。優貴。来なさい。」
「はい…?何でしょうか。」
「今日、この時をもって、お前を洲藤 宋眞の執事の仕事を終了する。…これからは、奏のサポートとして、奏についてやってくれ。」
「………………わかりました。今まで、ありがとうございました。」
洲藤は頷いた。
「優貴さん。これから、よろしくね!」
奏が微笑んだ。
つられて、優貴も笑う。
「さて、それではホールに戻りましょう。もうそろそろゲーム終了時刻です。」
優貴が時計を見ながら言った。
パーティーは何の問題もなく進んでいき、やがて終わった。
そして、帰り道のこと。
「ねえ、瀧。どうしておじい様の部屋がわかったの?」
「いや、なんかバッチから優貴とお嬢さん…奏ちゃんの声がして、どっかの行き方みたいなこと言ってたからそのとおりに行ったら、あそこに行けたんだ。それより、俺は優貴のタイミングのよさが気になるな。」
瀧が優貴の方を見る。
「お前、なんで俺があの部屋に着いて、すぐくらいに着いたんだ?」
「ああ…瀧さんには言っていませんでしたね。バッチには発信機がついていたんですよ。」
「……な、なるほどな…カメラとかついてないよな?」
「さすがにそれはありません。」
きっぱりと言う優貴。
「…ところで、優貴さんって幾つ?」
「私ですか?18歳ですよ。」
「嘘!思ってたより若い!」
「幾つだと思ってたんですか……」
「22歳くらい。20歳は超えてるだろうと…」
「俺も同い年くらいだと思ってた…」
瀧が呟く。
「瀧は幾つ?」
「23歳。まさかこんなに年下だとは……」
「……5歳差か…よかった。」
「何が?!何がよかったんだよおい!」
「いえ別に。特に意味はありませんよ。」
「嘘つくな!絶対なんか隠してるだろ!」
言え!今すぐ言え!と喚く瀧。
「そんなことより、優貴さんは高校生なんですか?」
「そんなこと!?」
瀧が奏を振り返って言った。
「いえ。私は執事をしていたので…」
「そういえば、何で執事なんだ?」
ようやく落ち着いた瀧が問う。
「…数年前、両親を亡くして…親戚もいなかったので、天涯孤独となってしまったのですが…」
『私は君のお父さんの友人の者なんだが…よかったら、うちに来ないかね?』
「と、宋眞様が言ってくださり、中学を卒業すると同時に、恩返しのために執事として働くことを決めたのです。」
「……そうだったんですか…」
「そのおかげで、家事は得意になりましたよ。」
にっこりと笑う優貴。
「もったいねぇな…もし高校行ってたら、お前もてただろうに……」
「そうだよね…ルックスもいいし、家事はできるし、人柄もいいし…」
「そ、そんなことはありませんよ。勉強は中学レベルしかわかりませんし…」
「いや、優貴ならできそうだ。」
瀧が言う。
「…そういう瀧さんは、どうなんです?何か、仕事とか…やってらっしゃるんでしょう?」
「あー……耳が痛ぇな…」
「え、瀧ってニー…」
「それ以上は言ってはならん!」
瀧が言葉をかぶせる。
「少し前までは、俺も宋眞さんのもとで働いてたんだ。だけど、宋眞さんの足が悪くなってから、社長が変わってな。……その社長になったやつがまた適当なやつで、営業は下手だし、まとめるのも下手だしで、会社は倒産。宋眞さんはマメな人だったから、貯金で十分やっていけてたみたいだけど、俺らは違った。」
「…宋眞様の、会社で……」
「そ。俺、実は親戚なんだよ。奏の。」
「えぇ?!初耳!」
奏が驚く。
「俺は、宋眞さんの妹の子なんだ。」
「は、初めて聞いた……」
信じられない、という表情の奏。
「…ああ、そういえば、宋眞様は昔、木更という姓だったと聞いたことがあります。それで引っかかってたんですね、私は…」
「ん?何が?」
「いえ、こちらの話です。」