携帯電話をドライブモードに切り替え、車のエンジンをかけて現場に向かう。
幸い、この車はパトカーではなく乗用車だ。
犯人に警戒されることなく現場に向かえる。
「…上総、お前は焦りすぎだ。少し落ち着け。運転に支障が出る。」
さっきの現場に行く途中と同じようなことを言われた。
「す、すみません…」
「気持ちはわからないでもないがな……この車が一般市民の乗用車であることを忘れるな。これはパトカーとは違うんだ。」
つまり、周りの乗用車と変わらぬようにしろ、ということだった。
確かに、さっきの上総の運転では目立っていただろう。
「はい…」
軽く深呼吸をした。
少しでも、落ち着けるように。
数分経って、ようやく目的地である籐野邸に着いた。
周りに物々しい空気はない。
犯人が来たときに確実に捕まえるためだ。
車から降り、インターホンを押す。
『どちらさまでしょうか。』
上からの指示で、友人になりすませと言われた。
「突然すみません。雄二さんいますか?」
雄二とは、籐野家の長男のことだった。
因みに雄二は大学生なので、25歳の上総と見た目の年齢が若い裕は怪しまれることはない。
『ああ、雄二のご友人でしたか。どうぞお入りください。』
門のロックが外れた音がした。
「すごいセキュリティですね、先輩。」
上総は裕を先輩と呼んだ。
これも犯人逮捕のためだという。
「そうだな…こんな豪邸とは思わなかったよ。」
門を開いて、中に入った。
屋敷に入ろうとしたとき、門の方から何か音がした。
反射的に振り返ろうとするのを抑えて、ゆっくりと振り返る。
犯人だったら気づかれる可能性があるからだ。
1人の男だった。
それが犯人なのか、雄二の友人なのかは上総にはわからなかった。
やがてあのロックが外れる音がした。
相手も屋敷の中に入ってきた。
顔はよくわからない。俯いていた。
服装にも変わったところはない。
上総は男を見るのを止め、屋敷に入った。
扉を閉めようとしたところで、
「あ、閉めないでください!」
と呼び止められた。
取り敢えず閉めずに待っておく。
少しでも不審な動きをしたら、拳銃を突きつけてやろうと思った。
だが、何かを仕掛ける様子もなく、普通に入ってきた。
「いや、すみません。僕は雄二先輩の後輩の、
朗らかに話す男。
悪意も殺意も見られない。が、気は抜かないでおく。
「ああ、雄二は俺たちの後輩でね。もしかして、君も雄二に呼ばれたのか?」
「いえ、違いますけど……えっと、お名前聞いてもいいですか?」
「俺が澤見 上総。で、こっちが店の先輩の裕さん。」
裕の苗字を言わなかったのはわざとだった。
的家、と言えばそこそこ名前が知られているからだった。
「店ですか…どんな店なんですか?」
根掘り葉掘り聞かれているような気がする。
居間のある方に歩きながら嘘を答える。
「店っていうほどでもないんだけどね…まぁ一応、電子部品とか扱ってるんだけどね。」
居間につながる扉を開ける。
「電子部品、ですか?」
和也の表情が変わる。
「でも、雄二先輩は…そういうの好きじゃなかったような…」
「まぁ、そうだけどね。だって今言ったこと……」
居間に入って、すぐに扉を閉める。
「嘘だから。」
上総は笑ってそう言った。
「え?!」
「上着を脱いで、荷物を全てこっちに渡せ。不審な行動をとれば君を撃つ。」
「は、はい。」
裕の指示通りに動く和也。
やはり、こいつは犯人じゃないのか?
そう思った。
その時だった。
バン。
「すみません。「邪魔者は消せ」って指示でして。」
拳銃だった。
あっという間に裕の腹部から血が噴き出した。
「く………か、かず…さ……そいつ、を……」
バン、バン。
銃声が2回。
頭と心臓付近に1発ずつ、弾丸が撃ち込まれた。
裕はもう、立っていることができない状態だった。
すぐにその場に倒れこんだ。
上総はようやくそこではっとした。
急いでホルスターから拳銃を抜き、右肩を撃つ。
バン。
バン。
しかし、和也の方が、上総よりも早かった。
それによって照準はずれ、フローリングの床に当たる。
「く…そ……」
世界の輪郭が、ひどく曖昧になっていく。
上総が最後にその世界の中で見たのは、和也の歪な笑顔だった。
BAD END