俺――
原因はわかりきっている。
6月29日、ある民家で殺傷、及び殺人事件が発生した。
『1班・2班は直ちに現場に急行。3班は地域住民の方を頼む。』
「1班了解。現場に向かいます。」
21時56分、警察に連絡が入った。
このところ殺人事件が立て続けに起きている…
連続殺人なのではないか、という見方も出てきている。
何しろ、犯行が似すぎている。
1つ目、金銭が目的ではないこと。部屋が荒らされていない事から容易に想像がつく。
2つ目、刺し方と傷のつけ方。腹部に刺し傷が5箇所、背中に大きな切り傷が1箇所と、どれも一致している。
3つ目、これが最も不可思議とされている。
過去3件とも、通報が早すぎる。
そして、今回も同じ……
「…裕さん、どう思いますか?」
助手席に座る先輩刑事、
「……それは、この4件の事件が連続殺人事件なのか、ということか?」
「…はい。そうです。俺にはそうとしか思えなくて……」
「……決め付けるのは後でもできる。今は、今しかできないことをしろ。」
裕がよく口にする言葉だった。
その慎重な姿勢は上総が裕を信頼する理由のひとつだった。
『客観的に、冷静に、慎重に。』
それが裕のポリシーだった。
サイレンを鳴らし、現場に向かう。
少しでも早く。
そう思うたびに焦りが募り、上総を動かせた。
「…少し、落ち着け。じゃないと運転にも支障が出る。」
いつもの淡々とした口調。
それだけで少し落ち着けた。
「すみません…」
「気ばっかり焦っても仕方ない。それで事故起こされちゃたまらん。」
裕の言葉に、上総は思わず苦笑した。
その通りだと思った。
「上総…これだけは、言わせてくれ。」
唐突に、裕が言った。
「この4件の事件を連続殺人事件と見ると仮定する。その場合犯人は……恐らく、1人だ。」
「えっ…!?」
「説明は後だ。着いたぞ。」
気付けば現場に到着していた。
自分で運転していたにもかかわらず、気付いていなかった。
車から降り、『KEEP OUT』のテープが張られた一軒の家に入っていった。
「被害者は
一足先に来ていた刑事が裕に伝えた。
「わかった。それで…あの4件と関係はありそうか?」
「はい…やはり、連続殺人事件と見て間違いないだろう、というのが上の意見みたいです。」
「そうか……」
裕は上総の方を見て、肩を竦めて見せた。
だってさ、ということらしい。
裕と上総は刑事から離れ、死体があった場所に移動した。
「…それで、どういうことなんですか?さっきの……」
「犯人が一人だって言ったことか?」
「はい。何で断定できるんですか?」
そう訊くと、裕は頭をかいた。
「いや…断定までは行かないけどな。あくまで可能性だ。」
裕はその場でしゃがみこむ。
つられて、上総もしゃがんだ。
「…死体を見て、何か気づくことはないか?」
「…なにか、ですか……」
上総はじっと死体を見る。
決して気持ちのいいものではない。
だが、捜査のためだと言い聞かせる。
「…出血量が、少ないですね。」
「そう。少ないんだよ。これだけ刺されてるにもかかわらず。…どうしてだと思う?」
上総は考える。
現場の状況から考えて、拭き取ったとは考えにくい。
そうする意味がないからだ。
現に、フローリングの床は一部が血で染まっていた。
それに、血が周りに飛び散っていない。
これだけの刺し傷、切り傷があるのだ。犯人は返り血を浴びているだろう。
「上総。被害者は、死ぬ間際に皆口をそろえてこう言ったらしい。」
裕の真剣な表情。
思わずごくりと息を飲んだ。
「『KY』…ってな。」
意味がわからない。
なぜ、KYなんだ?
「け、『KY』って、あれですよね…空気読めないっていう…」
「わからんぞ、もしかしたらイニシャルかもしれない。」
眉間にしわがよっている。
裕にもわかっていないらしい。
「もしかして…あれじゃないですか?言いたかったことを最後まで言えずに絶命、っていう……」
「…これを見ても、そうだと思うか?」
裕が指差す先は、被害者の手許だった。
「あっ!……え。」
ダイイング・メッセージと呼ばれるものが、確かにそこにあった。
あったのだが……
「…皆で寄って集って俺たちをからかおうっていう作戦じゃないですよね、これ。」
「そんなことして何になる。」
あっさりと切り捨てられたが、上総にはそうとしか思えない。
手許にあった文字は、よりによって
『KY』だった。
「…犯人が、捜査の撹乱のためにやったとは考えられませんかね。」
「…俺が犯人なら、もっとまともな言葉を書かせる。」
ごもっとも。
こんなことをする意味がない。
「もう…何なんですか、これは…」
はぁ、と溜息をつく。
裕は答えない。
それがわかれば苦労しない、と言いたげだ。
「……これだけ傷があるのに、血痕が飛び散った跡はない。」
「ルミノール反応もなかったそうだ。」
裕が呟く。
「うーん…………ん?」
ふと、思いついたことがあった。
「被害者が殺されたのが、ここじゃないとしたら、辻褄が合いませんか?」
「ああ。だが、わざわざ家に入れる意味がわからん。」
「例えば…どうしても警察に伝言をさせたかったからとか。」
「…KYと言いたかったと?」
…違うか。
「…もしかすると、犯人は自分の存在を…我々警察に見せ付けたかったのかも知れんな。」
「どういうことですか?」
「故意に同じものを残させることで、これが連続殺人事件だと我々に気づかせ、捕まえてみろ、と言っているのではないか。…ということだ。」
裕は、窓際に移動した。
「それって…警察への挑戦状ってことですか?」
「仮に、そうだとしたらの話だ。」
素っ気なく言い放った。
「……………」
何かが、引っかかる。
上総は死体のそばまで行き、しゃがんだ。
もう一度よく、死体を見る。
「背中に1箇所切り傷、腹部に5箇所刺し傷……」
ファイルを開いて、被害者の傷の位置が書かれた資料を見る。
腹部の5箇所は三角形を描くように刺されている。
そして背中の傷は……その三角形の中央を通っている。…
上総は地図を取り出す。
被害者の家にマークをつけ、もう一度見る。
「……くそっ!そういうこと、なのか……」
床を叩く。
最初から、誰が殺されるのかは提示されていたんだ…
「上総?一体どうした。」
「裕さん。…犯人は俺たちに…あらかじめ、殺害する人を教えていたんです。」
そう言いながら、上総は地図と資料を見せる。
腹部の刺し傷と、被害者の家は、ぴったりと重なった。
「残りは、一軒か…いや、ちょっと待て。」
裕は上総から資料をひったくり、勢いよくページをめくる。
そして、地図に線を書き込んでいく。
「…なんてこった……」
「ど、どうしたんですか?!」
上総は問うが、それに答えはなかった。
仕方なく、地図を見る。
地図には三角形だけでなく、1本の線が書かれていた。
頂点からのびる線。一つの大きな矢印のようだった。
そして、その矢印の先にあるのは……
本部のある、警察署だった。
どうする。
どうしたら……
「上総、お前は
「わ、わかりました!」
急いで携帯のボタンを押す。
指が、震える。
手を握って、震えを止める。
そして、通話ボタンを押した。
「…でも、犯人は一人でどうやって…」
上総は呟いた。
「今までは、一人でやっていた。だが…今回は違うだろうな。」
裕が言う。
その声から焦りが窺えた。
やがて、相手が出た。
「どうした?」
「こちら澤見であります。」
「そんなことはわかっている。用件を話せ。」
携帯でかけていたのを忘れていた。
「実は…」
これまでのことを伝える。
できるだけ重要だと思われることだけを話すようにした。
「…わかった。こちらですぐに手配しよう。このことは本部には?」
「裕さんが伝えています。」
「そうか……わかった。それじゃあ…お前たちも次の現場と思しき場所へ向かえ。いいな?」
「しかし…犯人は、本当にそこに行くとは限らないのでは…」
そこへ向かうと見せかけ、実は違うところで殺人を起こすつもりだったら…
それが上総には不安だった。
「そんなことは、お前に言われずともわかっている。早く行け!」
「は、はい!」
通話が切れた。
「…裕さん、現場へ向かえとのことです。」
「ああ。最初からそのつもりだよ。行くぞ。」
「はい。」
急いで杜牙谷邸から出た。