数分経って、籐野邸に着いた。
周りに物々しい雰囲気はない。
「凄いセキュリティですね、先輩。」
上総は裕に話しかけた。
先輩、という呼び名はこの作戦には必要不可欠なものだ。
籐野家の長男、
上総は刑事の中でも若く、25歳なので大学生の雄二とそれほど変わらない。
裕は40歳を超えていた。
しかし、上総自身も周りから見ても、先輩という呼び名にそれほど違和感はない。
裕は見た目の年齢が若いのだ。
上総も、最初に見たときには20代後半か30代前半だろうと踏んでいたが、それを遥かに上回っていた。
「そうだな…初めて来るけど……もっとこじんまりとした家を想像してた。」
口調も微妙にいつもとは違う。
「でも、雄二の奴…急に呼び出して、何のつもりなんですかね。」
「さあな。大変なことが起こってないといいけど……」
裕がインターホンを押す。
少ししてから、はい、と声がした。
どうやら母親のようだ。
「すみません。俺たちは雄二の友達なんですけど……」
『どちら様でしょうか。今雄二は出かけているのですが…』
「澤見上総と都賀裕です。」
都賀、というのは裕の母親の旧姓らしい。
的家と言えばその筋では有名だということで、その名を使うことにしたそうだ。
『上総さんと、裕さんですか……息子から聞いています。どうぞお上がりください。』
母親がそう言った時、大きな門が開いた。
自動で動くものらしいが、上総はちょっと怖かった。
籐野家の敷地内に入ると、カメラやセンサーの類が目に付いた。
数えてみると、見える範囲には15個あった。
恐ろしい。
だが、そんな事は気にしない、という振りをする。
どこに犯人がいるかわからなかったからだ。
長い玄関への道を終え、玄関の扉に手をかける。
ガチャ。
手応えがあった。
どうやら開いていないらしい。
仕方なく、扉を叩いた。
「すみませ〜ん!いれてください!」
耳にしていたイヤホン(警察の連絡用につけていたもの)から、聞き覚えのある声がした。
『玄関の扉にある鍵穴を覗け。本人かどうか確認する。』
籐野家に派遣された刑事、
上総と同い年ということもあり、仲はそこそこよかった。
「鍵かかってるみたいですね…信用されてないのかなぁ。」
あくまで自然に、友人を装う。
鍵穴を覗く。
そこにはカメラのようなものがあった。
恐らく、それで認証するのだろう。
詳しくは知らないが、厳重なセキュリティがされているところでは指紋認証以外にも瞳孔か何かで認証するシステムがあった。
数秒経った。
うーん、と唸りながら、焦っていた。
さすがに、これ以上は怪しまれる。
そう思ったときだった。
『認証完了。扉を開ける。』
浩嗣のぶっきらぼうな声がした。
「やっぱり、鍵穴見てもわかりませんね。こういうのは。」
そう言いながら、上総は覗くのをやめた。
「開けてくださーい!」
ドンドンドン、と扉を叩く。
かちゃり、と鍵の外れる音がした。
そしてすぐに母親が飛び出してくる。
「すみません。夕食の支度してたらお鍋が噴いてて、あわてて蓋つかんだら落としちゃって…」
苦笑いを浮かべつつ、籐野は言った。
嘘なのか本当なのか、わからなかった。
本当でもおかしくないほど、うっかりしていそうな人だった。
「いえ、こちらこそすみません。そんなに急がなくてもよかったのに…」
「そんな。雄二の友達を待たせるわけにはいきませんよ。」
にっこりと笑って、籐野は言う。
「さ、あがってください。」
扉を大きく開けた。
お邪魔します。と言い、上総と裕は家に入った。
玄関の扉を閉めると、籐野が居間に案内してくれた。
「…ここです。」
そう言うと、籐野は2階へ上がった。
居間につながる扉を開けると、見慣れた顔ぶれがあった。
「浩嗣、順調そうだな。」
「今回の参謀はお前なんだって?大丈夫なのかよ。」
軽口を叩く浩嗣。
浩嗣が軽口を叩くというのは、余裕があるということだ。
「お前がうまくやればな。」
にやりと笑う上総。
「…わかった。お互いベストを尽くすとしよう。」
「そうじゃなきゃ困る。何せ、人の命がかかってるんだ。」
「勿論。最初からそのつもりだ。」
話すうちに、真剣な表情になっていく。
「作戦は聞いてるな?」
「ああ、一通りな。細かいことは後で聞けってさ。」
「それじゃ、簡単な説明だけしとくか。
まず、俺と裕さんはここに残って犯人確保。浩嗣たちの班は雄二さんと籐野さんを仮設警察署に連れていって保護。なおこの作戦では、人命を優先する。いいか?」
「了解。…もし、犯人に気づかれたら?」
「犯人だと確定した時点で逮捕。相手が銃などを所持しているようであれば応援を要請すること。それまでは…」
上総は考える。
これが最良の方法だとは、あまり思えない。
それでも、籐野を殺害するということがこちらにわかっていると知れば、何らかの行動を起こすはずだ。
たとえ警察署が爆破されても、人の命には代えられない。
上総の案が通った今、警察署には誰もいない。
仮設の警察署に移ってもらった。
犯人にばれないように、付近の住民も避難させた。
だが、まだ不安要素はある。
この行動も、筋書き通りの可能性。
真っ先に狙われるのは、籐野かもしれない。
しかし、その方法しか……
籐野が無事な方法は、思いつかなかった。
「何が何でも逃げてくれ。念のため、裕さんが私服警官も配備してくれた。これならそれほど時間はかからない。」
堂々と射撃をすれば、近くにいる警官は必ず気づく。
それなら、できるだけ多く警官を配備する。それが裕の意見だった。
「…わかった。何かあったら連絡しよう。」
「ああ。じゃあ、作戦開始だ。」
裕は籐野のいる2階へ上がる。
上総と浩嗣は作戦についての細かい指示を出していた。
他の警官たちも家から出る。
あくまで、自然に。
雑談をしながら仮設の警察署に向かう。
怪しまれないために、向かう方向は違う。
そして、カバンを持った籐野と雄二も、浩嗣の車に乗る。
車はそのまま、遠回りをして仮設警察署に向かった。
上総は時計を見る。
6時ちょうどだった。