学校の校門前。
俺は二人の人物に待ち伏せをされていた。
「…こんなところまで来るとは、何の用だ」
「何の用って」
「キーリに会いたかったから来たんだよ!」
そう言って目の前の人物――双子の公と彼海は頬を膨らませた。
「だからといって待ち伏せまでする必要はないだろう」
「「あのね、キーリに見せたいものがあるの!」」
揃って話を聞いていない。
「だから早く来て!」
「お、おい!」
双子は俺の手をとると、間髪を入れずに走り出した。
身長差のせいで体勢が崩れたのだが、そんなことはお構いなしに走っていく。
…まったく、どこに行くつもりなんだか……
「キーリ、早く早く!」
「ま、待てって!」
相変わらず腕をがっちりとつかまれているので、走りづらいことこの上ない。
「一体何なんだ。そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「あのね、キーリにいぬごや見せてあげるの!」
「あげるのー!」
……………
犬小屋?
「何故犬小屋を…」
「「えー? 何?」」
走る足音で聞こえなかったのか、聞き返してくる。
「その犬小屋…そんなに、凄いのか?」
「んー……いぬごやはいぬごやだよ」
話が噛み合っていない気がするのは俺だけだろうか。
「もしかして、お父さんに作ってもらったのか?」
そこまで見せたがる理由がわからないのでそう言ったのだが。
「あははっ! お父さんはいぬごやつくれないよー!」
…笑われてしまった。
「…ひとつ、訊いてもいいか」
「なにー?」
「その、『いぬごや』って、なんだ?」
俺の知っている犬小屋とは別のものなのでは、と思い、訊ねる。
すると双子は顔を見合わせ、声を揃えて真顔で言った。
「「うちのペットの犬」」
「犬かよ」
反射的に突っ込む。
どうりで話が通じないわけだ。
というか、犬にいぬごやという名前をつけるセンスも凄いが。
「もうすっっごくかわいいんだよー!」
「ねーっ!」
親バカだ。
…まあ、そこまでかわいいと言うのだから、若者らしくチワワとかダックスとかいう犬種なのだろう。
「着いたー!」
「いーぬごやーっ!」
きゃーとか、わーとか叫びながら愛犬のもとに走っていく。
…あいつらも犬っぽい。
「キーリ、みてみて!」
「いぬごやだよ!」
「わんっ!」
「「かーわーいーいーっ!」」
溺愛だった。
いぬごやと呼ばれるその犬に目を移す。
…それは、純和風の柴犬だった。
………裏切られた。
そのまま家に帰ることも許されず、かと言って何かすることがあるわけでもないので、柴犬と戯れる双子をぼんやりと眺めているとポケットで携帯電話が振動した。
少し放っておいたが切れることがないところをみると、どうやら電話らしい。
誰からだろうと思いながら、携帯電話を取り出し、開く。
そして画面に表示されたのは、「非通知」の三文字だった。
「…もしもし」
『こんにちは』
抑揚のない男の声が答える。
その声に聞き覚えはない。
「誰だ」
『直球だね。まあ、いい心がけだ』
「質問に答えろ」
ちらりと双子の方に目を遣ると、不穏な空気を感じ取ったのか、じっとこちらを見ている。
そこに先程までの幼さはなく、ひどく大人びたものだった。
世の暗い部分を知る者の瞳は、俺の携帯電話に向けられている。
聡いな、と思いつつ、電話に集中する。
『僕の名前は
「…何を言っている」
『心当たりはあるだろう? 再び彼に死の淵を見せたくないのであれば、早く僕のところまで来るんだな。でなければ、すべてが手遅れになってしまうよ?』
嘲笑うかのような声。
こちらが動くとわかっているからこそ、この男はこんな言い方をするのだろう。
人が慌てふためくのを見て、愉しむような相手なのだ。こいつは。
「……わかった。どこに行けばいい」
『そんなこと、僕が言うと思うのかい? 訊けばすべて教えてくれると思ったら大間違いだ。自分で探すんだな』
鼻につく、くすくすという笑い声に、舌打ちしたくなる気持ちを堪えて訊ねる。
「街中を虱潰しに探せと言うのか」
『それも一興だね。だけどそれだと…僕はこいつを殺しちゃうだろうな』
がっ、という微かな音が電話を介して聴こえてくる。
恐らく、男の足許にいる人物――幹藤が蹴られたのだろう。
『仕方ない。君の地位と僕の立場に免じて――ヒントをあげよう』
「……地位と立場…?」
『…ふん、本当に知らないらしいな。まあいい。ヒントをやろう』
この男も、俺が何かを忘れていると言うのか。
『僕も、君と同じ都市伝説だ』
ぶつっ、と電話が切られた。
「キーリ」
双子の姉の方――公がくい、と学生服を引っ張った。
「どうした」
「お願い、公と約束して」
「…なんだ、突然」
「お母さんみたいに、いなくならないでね」
あの雨の日を思い出す。
この双子もまた――普段の明るい二人からでは気付かないことが多いが――肉親を失っている。
……俺と同じように。
「彼海とも約束して。急に私たちの前から消えたりしないで…」
「……わかった。約束する」
立てた小指に双子の小指が絡まる。
「指きり」
「絶対だからね」
「…ああ」
す、と小指が解かれると、俺は立ち上がり、双子に別れを告げて走り出した。
あの男がどこにいるか。その目星はついている。