翌朝、教室で昨夜のことを思い出していると、能天気な哉井がやってきた。
「きーりさん、どしたのそんな仏頂面して」
「いつものことだ」
「いやいや、いつもより眉間のシワが深いって」
……見分けられるのか、そこまで。
「…何かあったんだろ」
「………まぁ、な」
話すか話すまいか、迷った。
あくまで勘でしかないのだが、これ以上哉井や古垣を巻き込んではいけないような、そんな気がしたのだ。
「そんなに、俺には言いたくないのかよ」
「…できれば、巻き込みたくない」
「桐さん、俺がどんだけ桐さんを厄介事に巻き込んだかわかってんだろ。だったらその仕返しってことで巻き込んじゃっていいんだぜ?」
厄介事、と言われ思い出す。
…確かに、いろいろあったな。
「…それでも、だ。俺は親……お前にそういうことはしたくないんだよ」
「桐さん…」
哉井は少し寂しそうな顔をした。
しかしそれも一瞬のこと。
「…今、親友って言いかけたよね?」
「…言ってない」
「桐さん、質問に答えようよ」
「…い、言いかけて、ない」
「ほんとに?」
「………」
確かに、言いかけた。
気恥ずかしくなって言うのをやめたのだが、それを認めるのもなんだか癪だ。
「桐さん?」
「………い、言いかけ、た」
渋々認めると、哉井は嬉しそうに頷いた。
「じゃ、親友なら話してくれるよね?」
誘導されている…
「……わかったよ。話す。話すから…」
哉井を見て、俺は言う。
「身を乗り出すな」
「あ、ごめんごめん。つい」
ついって、古垣と同じことを…
まあいいのだが。
「…また、見たんだ。『黒衣の少女』を」
「おー桐さんも運がいいねぇ」
「茶化すな。…あいつ、幹藤を……」
「ちわーっす! 元気だったか皆の衆ーっ!」
「み、幹藤?」
教室に幹藤が入ってきたのを見て、思わず素っ頓狂な声を出す。
「お、桐褄か。ちわーっす!」
「ち、ちわ……」
「違うだろ桐褄ァ! そこは『今は朝だ』って突っ込むとこだろ!」
いつもにも増してテンションが高い。
「なんかあったのか、みっきー」
「おうよ! これを見ろ!」
ポケットから取り出した一枚の紙切れを、これ見よがしに見せつける。
「なんだこれ。みっきーが書いたの?」
「違ぇよ。ま、ちょいと聞いてくれよ。…昨日の夜に学校に忍び込んでみたら、どこからともなく歌声が聴こえてくるんだよ。で、気になって声がする方に行ってみたら…」
ごくり、と息を呑む。
「ふ、って体が重くなって、倒れちまったんだ。意識も飛んじゃってさ」
「なんだよ、気絶したのかよー」
「だせー」
クラスメイトが茶々を入れる。
うるせぇ! とややムキになって幹藤が叫び、話を戻す。
「で、気付いたら何にもないワケ。こりゃやられたと思うだろ? だがそうじゃなかった。左手に、なんか握らされてたんだ。広げてみると…これがあったってワケさ!」
紙切れを高々と掲げる。
クラスメイトの半分以上はまるで信じていない様子で、そうかそりゃあ大変だったなぁ、と幼児をあやすような口調でスルーする。
俺も少し前ならそうしていただろう。
しかし。
「幹藤、その紙切れ…いや、紙を見せてくれ」
「ん? 珍しいな、お前が食いついてくるなんて」
一瞬きょとんとした幹藤だったが、ほらよ、と言って紙切れをこちらに放った。
キャッチしたそれを広げ、読む。
「これ、昨日の…」
「え、桐さん?」
哉井に構わず読んでいく。
やはりこれは…
「昨日の歌だ」
「歌…って、『黒衣の少女』の?」
「ああ。間違いない」
どういうことだ。
死んだ筈の幹藤が生きている。
夢にしては歌詞が符合する。
一体、何が本当なんだ…
「桐さん、説明してよ。昨日何があったのか…」
さすがに人の多い教室で話すのは憚られたので、一旦科学部の部室、科学室へ移動する。
移動の途中で古垣に会ったので、半ば無理やりに引っ張っていく。
俺は二人に、幹藤のことも含めてすべて話した。
強烈な内容に時折顔をしかめながらも、二人は静かに話を聞いていた。
「…幹藤くんが、殺された…?」
「でも桐さん、みっきーは生きてるよ。おかしくないか?」
「だから俺だって混乱しているんだ…!」
そう声を荒げると、哉井は押し黙った。
やがて、哉井は躊躇うように、ゆっくりと口を開いた。
「…そう、だよな。桐さんも訳わかんなくて俺らに相談してたんだもんな。…ごめん」
「いや…俺も怒鳴って悪かった」
こういう時こそ冷静にならなければならないのに、気持ちばかりが先走って、空回りしてしまっている。
「桐くん。私、思うんだけど…」
古垣が遠慮がちに発言する。
「その娘、都市伝説なんでしょ? それなら…私たちの常識に当て嵌める方が間違ってるんじゃないかな」
そう考えれば、全部あるべきところに収まる気がするの、と古垣は言った。
「そっか、俺らの常識が通用しないなら、まあ、納得…かな」
「だから桐くんも、昨日のことはあんまり気にしない方がいいよ」
そう言って心配するようにこちらを窺う。
多分、俺が参ってることに気付いているのだろう。
古垣も、哉井も。
「ああ。有難う、二人とも」
二人の肩をぽん、と叩く。
本当に、こいつらと友達でよかった。
「じゃ、聞いてあげたんだから、なんか奢ってよ桐さん」
「え」
「哉くんナイスアイディア! 私、春風堂のいちごキャラメルパフェでー!」
「……おい」
「じゃあ俺は宇治みるくパフェで!」
「おいって」
「「よろしくっ!」」
「こんなところで意気投合するなっ!!」