「…というわけなんだけど…」
「……わかった」
事情を説明すると、秋飛ちゃんはそう言って広間を出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと秋飛ちゃん?!」
「宝城君と岸さんはここにいて」
「あ、秋飛ちゃん!」
「解く方法を知っている。だから協力する」
振り向きもせずに、静かに答える。
口調こそいつも通りだったけれど、どこか強い意思を感じさせる言い方だった。
……いや、意思というよりは寧ろ―――
「誰にも邪魔はさせない」
ぽつりと呟いたその一言は、どういう意味を持つのか。
秋飛ちゃんの意図が掴めぬまま、広間を後にした。
玄関ホール。
秋飛ちゃんは外へと続く扉に背を向けて、立ち止まった。
「ど、どうしたの……?」
問いながら視線の先を追うと、玄関ホールの奥にある通路――多分厨房に続く通路だろう――の角に、三人の人物が立っているのが見えた。
後姿だから顔は見えないけれど、服装からしてこの館の執事とメイド、そして料理人だろう。
離れているのでよく聞こえないが、小声で何かを話しているようだった。
……見るからに怪しい。
「気になるのなら、見てくればいい」
「え……」
「その間に解いておくから」
素っ気なくも頼もしい言葉に、少し逡巡しながらも見に行くことにした。
「すぐ戻るから!」
気づかれないように、足音を殺して近づいていく。
「―――まが、……ろせと…」
壁にぺたりと張り付いた状態で、聞き耳を立てる。
「……なん……なこと…」
よく聞こえない…
でも、これ以上近づいたら気づかれるだろうし…
「……いずみ……に……たのか?」
「えっ……」
今、和泉って…
もしかして……
「誰だ!」
「ひっ!」
突然男の怒声が館内に響き渡り、私はびくりと身をすくめた。
見ると、コック帽をかぶった男――煉唐が物凄い形相でこちらを睨んでいた。
「お前…盗み聞きとはいい度胸じゃねぇか」
「ち……ちが………」
「煉唐、相手は『参加者』なんですから、言葉遣いに気をつけなさい」
何も言えずにいる私を見て、白雷が煉唐を窘めた。
「…それで、何か御用でしょうか」
「あ……その…」
な、何も思いつかない…
何か…何か言わないと……
「あ、あの……み、皆さんはっ、呉羽さんとはどういうご関係で……っ!」
……ば。
馬鹿じゃないのか私……
どうもこうも、使用人と主人の関係でしかないでしょうが…っ!
「……実は、私たちは拾われた身なんですよ。お館様に」
「そうですよね、すみませんわかりきったことを……って、え?」
まじまじと白雷の顔を見る。
寂しそうな、それでいて諦めてもいるような、そんな複雑な表情を浮かべていた。
「私どもは皆……訳ありの者ばかりなんです」
きょとんとしている私に、白雷は続ける。
「確か…私の場合は13歳のときに、煉唐は高校生…18歳のときでしたか。雪那さんはつい最近、入ってきたんですが……」
「てめぇのことはともかく、勝手に人のことを話すな。白雷」
「…それは失礼しました」
「チッ……俺は厨房に戻るぜ」
返事も待たずに、煉唐は足早に去ってしまった。
不愉快だ、と言わんばかりに顔を歪めて。
「…あたしも、そろそろ持ち場に戻ります」
「わかりました。それでは私も――」
「ま、待って!」
立ち去ろうとする白雷を止める。
「何でしょう」
「あの…さっきのお話、詳しく聞いてもいいですか?」
ゆっくりと、慎重にそう問う私を見てから、白雷は何気なく腕時計を見た。
恐らくまだ仕事が残っているのだろう。表情が少し険しい。
これは諦めた方がいいかもしれない、そう思っていると、白雷が、
「私もまだ仕事がありますから、かいつまんで話すことしかできないのですが…それでもよろしいでしょうか?」
と言った。
それに対する私の答えは一つしかない。
「はい!」
返事を聞いて、白雷は一つ咳払いをしてから語り始めた。
「私は…望まれない子供だったんです。私と、弟は。
私は母とその不倫相手の間に生まれた子供なんです。母には母の、相手には相手の家庭がある。だから私たちは、その不倫相手の妻のもとに預けられたんです。
やがて不倫が発覚すると、私たち兄弟は家を追い出されました。そのときに私を拾ってくださったのが、お館様なのです」
複雑な関係に、頭が混乱してきた。
順を追って整理するが、なかなかうまくいかない。
「………あれ、弟さんはどうなったんですか?」
「弟も…別の家に引き取られたようです。もう何年も会ってないので、今どうしているかはわかりませんが」
「そう…ですか……」
「…あの、そろそろよろしいですか?」
「あ、すみません……」
そういえば引き止めてたんだった。
「有難うございました」
ぺこりと頭を下げると、白雷も深々と頭を下げ、階段を上っていった。
「……さて」
そうだ。秋飛ちゃんの方はどうなったんだろう。
もしかしたら待たせてしまっているかもしれない。
通路から玄関ホールへ出て、秋飛ちゃんの姿を探す。
「あ。秋飛ちゃん!」
秋飛ちゃんの方へ走りながら声をかけるが、像を見ているのかこちらを少しも見ていなかった。
「秋飛ちゃん、どう?」
できるだけ笑顔でそう訊ねると、秋飛ちゃんは、
振り向くと同時に頭を下げた。
「…え?」
「ごめんなさい。知っているのとは違った」
「……仕掛け、解けなかったってこと…?」
「………そう」
「そっか…うん、しょうがないよ!」
明るく振舞いながらも、落胆を隠し切れない自分がいるのに気づいていた。
「今日はもう遅いし、そろそろ寝よっか」
「……わかった」
玄関ホールの時計を見上げる。いつの間にか11時を回っていた。
仕掛けのある部屋に吾九汰くんを呼びに行ってから、広間へと戻る。
広間に残っていた文乃ちゃんと明くんに、仕掛けのことを話して解散となった。
ただ一つ、蒼夜先輩が広間に戻ってきていなかったことが気がかりだった。